05.集団インソレーション -side N

 一年前の秋頃。

 今までマネージャーなしにどうやってこれたんだ。

 というくらい、部内の雑務が溜まっていた。

 サッカーをやる為にここに入ったんだ、という奴も少なくなかった。俺だって。

 かといって「一度整理をしよう」と言うキャプテンに逆らえる人間はいなかった。怒らせると恐いんだ、あの人は。

 1、2年生関係なく持ち回りで備品や書類の整理をやっていたが、一向に終りが見えず、誰もがうんざりしてきた、そんなとき。

 臨時のマネージャーとしてやってきたのが望月だ。


 ここに来てからすぐの彼女は、常にキャプテンにくっついて部内のことを教えられていたらしく、彼女のことは名前以外知らなかった。

 その間も持ち回りで雑務整理は進められていた。

 今週は俺一人。もう一人の担当は季節を先取り。こんな時期に早々とインフルエンザだ。

 ――ホントに終わるのか? これ。そろそろ3週間になるはずだ。なんでこんなことやってんだ、俺。


 ガラガラ。

 クラブボックスの戸が開く音がした。


「どうしたの?」


 入口に立っていた人間にそう話し掛けた。なるべく平静を装っていたつもりだが、声に嫌悪感が出ていたかもしれない。


「キャプテン命令で手伝いにきた」


 そう答えた望月の顔が少しひきつっていた。

 キャプテンが連れてきた彼女は、隣のクラスで顔を見たことはあったがそれまで話したことはなかった。

 第一印象は最悪だったかもしれない。

 俺たちは黙々と片付けを始めた。

 


「望月さん。どうしてうちに来てくれたの?」


 あれから1週間。

 持ち回りだったはずの作業は今や、俺たち二人の仕事になっていた。まぁ、適当に片付けられてどこに何があるかわからなくなるよりはいい。


「キャプテンの妹に頼まれたの。妹とは中学からの友達でサッカー部のことは聞いていたから」

「キャプテンに妹いたんだ! なら妹に頼めばいいのに」

「彼女曰く、"はるかには悪いけど兄の手助けはしたくない"んだって」

「でも結果、してるよな」

「そうなの! わけわかんないよね」


 そう言って笑う望月。

 ふふっと笑う女子っているんだと知った。

 自分の周りにいる女子の中にはいない。


「うちの部、キツくない? 仕事量半端ないし。望月さんに頼んで来てもらってるのに、うちのキャプテン、誰分け隔てなく厳しいし。平等の意味履き違えてるよ、あのヒトは」


 彼女に何だか申し訳ないのと普段の不満もあって、次から次へと言葉が飛び出す。彼女が少し苦笑しながら答えた。


「妹の方からすごいよって聞いてて、ある程度覚悟はしてたんだけどね……それ以上でびっくりしてる。でもサッカー楽しいし、私向いてるかも!」


 そうして話している間にも仕事は一つずつ片付いていった。俺の方が在籍期間は長いはずなのに彼女の方が手馴れている。


「正直、ただボール追いかけるだけの競技だと思ってた」

「こんなに一生懸命やってるのにひどいなー」

 少し冗談交じりに茶々を入れる。彼女は笑っていた。楽しそうに。


「ごめんごめん、それぞれ役割分かれてて意外と奥深いんだと思って感心した」


 驚いた。


「この仕事量の中、そこまで見てくれてたの」

「サボってたのバレたら怒られるから、内緒にしといてね西崎くん」


 そう言って笑う彼女の顔から目が離せなくなった。

 それから更に一週間後。

 雑務整理は無事終わり、望月はサッカー部の正式なマネージャーになった。


                   *


 望月の予告通り、新メニューは次の土曜から始まった。今までとは比べ物にならないくらいキツイ。そのはずなのに不平をこぼす部員は出てこなかった。

 ホイッスルの合図とともに休憩時間になると、マネージャーが一人一人にドリンクを渡してくれる。

 俺はそれを受け取りながら、目の前のマネージャーに「このメニュー考えた奴性格悪いよな」と呟いた。


「どうして?」

「俺らの弱いとこばっかりついてくる。意地が悪い」


 望月の唇が何か言いたげに形をつくる。


「でも、よく見てるんだろうな俺らのこと」

「まぁね、付き合い長いしね」

「え? もしかしてお前? うっわ性格悪いって言っちゃった」


 彼女だろうと思った。

 意地が悪いだけじゃなく、ちゃんと俺たちを見てくれている人間だと。


「ちゃんと聞いた」


 唇を尖らせ、望月が俺の手の中のドリンクを奪った。


「ちょっ、謝るからそれ返して望月」

「やだ」

「だって俺それ好きなんだもん」


 ――望月も含めて。


 ふいに顔が赤くなる望月。

 褒められることに慣れていないらしい彼女は、部員の誰が感謝の気持ちを伝えてもすぐ照れる。そんな彼女が密かにかわいいと言われているのは、本人にはもちろん内緒だ。だから、俺の言葉で照れたわけではない。

 それが少し、悔しかった。


「仕方ないな。今回は許す」


 まだ少し照れが引かないのか。

 少しうつむき加減で望月が俺へドリンクを差し出した。


「やった、サンキュ」


 傍にいるのに寂しいのはどうしてだろう。

 この気持ちも彼女に伝わればいいのに。

 

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瞬間メディアジャック 瑛依凪 @hinaki_nxt

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