04.憂鬱ミラクル -side M

「だからもう一度、練習メニューを見直して欲しいんです!」


 そうキャプテンに提案という名の直談判をしに行ったのは、2週間前。


「急激に負担の掛かる練習メニューはダメだ」

「キャプテンは強くなりたくないんですか?」

「それとこれとは話が別だ。望月、ちゃんと俺たちのこと考えてマネージャーやってるのか?」


 そう言われて売り言葉に買い言葉。キャプテンと話し合いになんてなるわけがなかった。

 そこからは悔しくて、もう一度メニューを見直した。でもどこが悪いのか全然分からない。

 毎日、本屋へ行って色々な本を物色した。

 サッカーの基本からプロがやっている基礎トレーニング、高校生に向いているトレーニングetc……。さすがに参考書を全部買うお金なんて持っていないし、部費から出るとも思えない。というか、そのことを部長に申請するのも「自分はこんなに頑張っているのに」ということをひけらかす様でしたくない。分厚い参考書は図書館で探してコピーした。

 そうしてから落ち着いてメニューを見直してみると、キャプテンの言うことが今になって堪えた。

 あのままでは選手たちの基礎体力をつけるどころか、先に彼らの体に故障が出てしまうかも知れない。意地だけでメニューを作ってしまったことに、すごく反省した。


「一人で考えないで、キャプテンと考えて決めたら」


 簡単にそう言い放つそいつは、いつもあたしの神経を逆撫でする。

 他人ひとの苦労も知らないで。

 私は紺野に言いたいことだけを言うと、メニュー作成に戻った。

 ただ、反論だけで終わらず冷静に正論を話す彼。どうせ否定されるだけだと思っていたのに。

 ポンポン、と頭に置かれた手は荒っぽいけどふんわり優しかった。

 大丈夫、と後押しされたような気がして。

 彼の手が頭に触れて、涙が出そうになるのを拳をギュッとして押さえ込んだ。


                   *


 その後、再提案したメニューをキャプテンは受け入れてくれた。少しの手直しを条件に。

 そこは負けろ! と思ったけど、まずは前進できたことだけでも良しとしよう。

 妥協しないのがキャプテンのいいところだし、尊敬するところだ。それに手直ししろと言われたところはとても重要な部分だったから。


「西崎もこの間、同じことを提案してきたんだ。"このままじゃ上に行けない、強くなれないからメニューを増やしましょう。この間の北高との練習試合の結果、悔しくないんですか"ってな。ただ感情のままに突っ走るだけの奴だと思ってたのに、成長してるよな」


 そういって笑うキャプテンは、いつになく楽しそうだった。


「何だかお父さんみたいですよ、キャプテン」

「いや、あいつ頑固なようで、吸収すべきことはちゃんと素直に受け止めて吸収するから見てて楽しいよ」


                   *


「望月!」


 部室を出たところで西崎に呼び止められた。


「キャプテンとまたケンカしたのか?」

「大丈夫、冷静に話し合いしてきました」


 私が茶化した言い方をした為なのか、西崎は少し疑いの目を私に向けつつ「ならいいけど」と言った。


「次の土曜からメニュー厳しくなるから覚悟しなさいね」


 すると挑戦的な答えが返ってきた。


「望むところだ」


 そう言う彼の背中に小さく「ありがとう」と呟いた。



 教室では紺野がまだ本を読んでいた。

 彼に話し掛けようと思ったけれど、なんだか気まずくて、私はそのまま自分の席へ戻った。

 聞こえてくるのはパラリという本のページをめくる音だけ。


「西崎に会えた?」


 視線は本のまま、紺野が言った。


「うん、部室の前で」


 そう、とそっけない返事が返ってきた。

 

「紺野、この間のメニューの件キャプテンOKしてくれた」


 ここぞとばかりに、お礼を伝えた。

 私がいつまでも意地を張っていたら、進まなかったメニュー。


「そりゃ良かった」


 返ってきた答えは相変わらずそっけないものだったけどまぁ、満足。

 パラリと乾いた音が教室に響いた。


「いつも何読んでるの?」

「色々。特に何かが好きというかあまりなくて。面白そうだったら何でも読むよ」


 紺野の机の上の本のタイトルを視線で追う。


「ファンタジー? 意外だね?」

「よく言われる」


 ふっと紺野が少し相好を崩した。

 笑うんだ、こいつも。


「本って現実じゃできないこと体験できるから。その為かな」


 更に意外なその答え。彼は現実主義だと思っていた。


「何体験したいの?」

「とりあえず今の自分じゃ体験できないことかな」


 珍しく皮肉の混じらない会話。彼と普通に会話できたことにも驚いた。

 机の上の本を手にとってめくってみる。彼の体験している世界に少し興味が湧いた。


「西崎と付き合ってんの?」


 一度くらい空気を読もうとは思わないんだろうか。


「何、いきなり」

「この間階段で抱き合ってたから」

「あれは階段でこけたところを西崎が助けてくれたの。西崎がいなかったら、今頃病院のベッドの上」


 訪れる沈黙。きっとまた呆れられてる。

 誤解されたならそのままでいい。でもこいつに思い込まれたままだと、後で何を言われるかわからない。


「……だから様子おかしかったわけか。どこもケガしてなかったの?」


 彼の言葉に少し戸惑った。前半は独り言だったのか、よく聞き取れなかった。

 気付けばさっきまで合わなかった視線がこっちに向けられている。


「落ちる前に西崎が止めてくれたから、どこも打たずに済んだ」

「そう」


 短く答えた後はもう、本に戻っていた。パラリとページをめくる音がした。


「西崎と同じで、誰かさんも突っ走る性格みたいだからね。いつも一緒にいると性格まで似てくるんだな」


 いつもの皮肉めいた会話だ。でも少し棘を含んでいるような。


「サッカー部のマネージャーだし、必然的にいる時間は多いかも。そのせいかな。誰かさんと違って、同級生が危ない目に合ってても無視して通り過ぎることもないし」


 その棘にイラついてスラスラと嫌味が口をついて出る。

 こんなこと言ったって、紺野に通用せずに自分のイライラが募るだけなのに。


「それはに……いや、何でもない」

「え?」

「日直でもないんだし早く帰れば? また雨に降られる前に」


 気になる言葉の後を聞き返す暇も与えられないまま、紺野は帰っていった。

 いつもは起きないことがたくさん起きたはずなのに、ブルーになるのはどうしてだろう。

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