問いは一つずつ定義され、閾値を超えたとき、二つの物語は急速に集約する。

静か動かで言えば、この物語は「静」だ。
はっきりと目に映る大きな動きはほとんどない。
しかしながら全編を通してみれば、躍動している。
何が、と巧く言えないが、大きな何かが躍動している。

物語の大半は対話に占められる。
柔らかさを感じる文体は丁寧で端整で、物静かな佇まいだ。
その文体の雰囲気と、自主性のどこか希薄な主人公と裏腹に、
主題でもある思想と哲学は非常に饒舌で、読者を圧倒する。

一方の世界の主人公は休職中で、何をするでもない。
もう一方の世界の主人公は、反社会的組織の活動家。
初めは別々に語られる2つの世界は、終盤になって、
加速度的に集約され、1本の軸へと回帰していく。

ある少女が自殺した。
否、彼女は「社会」もしくは「世界」に殺されたのか。
自殺という事象が為したのは「攻撃」か「防御」か。
「死」は誰のものなのか、「呪い」は誰に及ぶのか。

組織の在り方、組織との向き合い方に、答えを出せずにいる。
そんな折、「裏切り者」つまりスパイの存在が示唆される。
政府にとって看過しがたい社会実験であることは承知の上。
それは、危険を覚悟で進めてきたシミュレーションだった。

2つの世界で奏でられる、その人だけが持つ「音楽」とは?
音に依らないその「音楽」は、どんな「主題」を示す?
奏でる本人にも「主題」は聴こえるのだろうか。
己の「主題」を聴いたとき、人は何を思うのか。

難しい、と思った。
私は社会科学には疎いし、経済学も哲学も苦手だ。
けれど、難しいにもかかわらず面白い、のだった。
1つ1つ定義されていく事象群の前に終始、圧倒された。

書店や図書館で勧められても読まないジャンルだったが、
そこがウェブ小説の素敵なところで、出会ってしまった。
新鮮な刺激を得られる読書体験だった。
こうしたジャンルのファンにはたまらない1作だろうと思う。

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