終章

エピローグ ~ 203× 後継者 ~


「「ハイ、パパ、久しぶり」」


 声を揃えてそう言ったのは、美しい双子の女性たちだった。


 年の頃は二十代。スラリとしたモデルのような体形と、美しい顔立ち。きれいに手入れされた見事な金髪と、ネイル。今は高級ブランドのツイードのスーツをさらりと着こなしてる。


 ディテールも完璧な乙女たち。


   👆


「やぁ、エマ、サラ。悪かったね、突然呼び出したりして」

 

 窓辺のソファからゆっくりと男が立ち上がり、彼女たちに振り返る。


 スラリと背が高く、黒ぶちのメガネをかけ、白い手袋をつけている。白いシャツにスラックス姿はいかにも無害なサラリーマンという雰囲気だが、ずいぶんと可愛いエプロンを付けている。


 ちなみに彼の背後には大きな水槽があり、その中では色とりどりのたくさんのメダカたちがゆったりと泳いでいる。


   👆


「……それにしても、ホントきれいになったね、ふたりとも」


 その男はかけていたエプロンとサングラスを外し、二人を見つめてにっこりと笑った。その目元には感じのいい笑い皺が深く刻まれている。


「やめてよ、それより急ぎの用事って何?」

 そう言ったのは右側の女性、エマ。


「プライベートジェットまで手配して、なんかあったの? まさかおばあちゃんのこと?」

 そう言ったのは左側の女性、サラ。


 外見だけでは二人はほとんど見分けがつかない。


   👆


 だが男はいつでも二人を完璧に見分けた。

 今回も左側に立つサラにちゃんと顔を向けて彼女の疑問に答える。


「サラ。あやめおばあちゃんなら元気だよ。夜には合流する予定だよ」


 その答えにホッとする二人。 


「ママは?」

「エレインなら、まだ仕事中。彼女もディナーに合流する」


「ねぇパパ。今日のディナーは何を食べさせくれるの?」

「もちろん『すき焼き』さ。キミたちが飽きてないといいんだけどね」


 男の言葉にパキンときれいな音を立てて指を鳴らす二人。

 タイミングも綺麗な音もピッタリと一致している。


「やったね! イッサのすき焼きなら最高!」

「大学をさぼる価値があるもんね!」


 二人はニッコリと、子供のように笑う。


 そんな二人の笑顔を『一茶』と呼ばれた男は眩しそうに見つめる。


   👆


(……キミの言った通りだったね……)

 一茶は静かに、誰にも聞こえない呟きをもらす。


 だがそれを見逃す二人ではなかった。


「あ、また一茶、独りごと言ってる!」

「パパ、そのクセだけは直んないね!」


「キミたちにはどうして分かっちゃうのかな? まぁ、誰にだって欠点の一つや二つはあるものさ。ま、僕の場合はもっと抱えているけどね」

「そんなことないよ、あたしたちには最高のパパだよ」


「そう言ってくれるのはお前たちだけさ。エレインにはいつも叱られてるし」

「ママは他人に厳しいからね」

「それ言うと、また怒られるけどな」


 そう言って三人だけで秘密の笑いを共有する。

 

   👆


「さて、ディナーの前にキミたちにはもう一つ大事な話があるんだ」


 一茶はそう言って二人を向かいのソファに座るよう促す。


「なによ、改まって?」

「いい話? 悪い話?」


「言ったろ? これは話。僕にとっても、キミたちにとっても」


 ちょっと一茶の雰囲気が変わり、双子は神妙な顔つきで口を閉じた。


「これから僕はキミたちにを贈る。ギフトの意味は知ってるよね?」


「贈り物でしょ」とエマ

「もう一つは才能ね」とサラ



   👆


「二人ともこっちに手を出して。エマは右手、サラは左手ね」


 二人はテーブル越しにそれぞれの手を一茶に向けて伸ばす。


「うん。それでいい」

 一つうなづくと、一茶は白い手袋を静かに脱いだ。

 そしてあらわになった両の手のひらを上に向けた。


「これは『聖痕』と呼ばれていたそうだよ」

 一茶の両の手の平には赤いアザがあった。


「それ、パパに昔からあったよね」

「それがどうかしたの?」


「まぁまぁ、説明は後だよ。そうだな、空いた手を二人でつないで、目を閉じて」


 双子はお互いをちょっと見やり、ギュッと手をつないで目を閉じた。


   👆


「それでいい。ちょっと痛いかもしれないよ」


 それから一茶は自分に向けられた双子の手の平を見つめる。


(……いよいよお別れだ……)


 そう言いながら、自分の両手を二人にそっと重ね合わせる。


 一茶が漏らしたつぶやきを二人が聞くことはなかった。


 手を重ねた瞬間に、二人は短い悲鳴を上げ、そのままソファに倒れたからだ。

 

 だらりと垂れた双子の手の平……エマの右手とサラの左手の、その手の平の真ん中に赤いアザがくっきりと浮かび上がっていた。


   👆


 それから約三時間後。


 エマとサラは静かに流れる話し声と、美味しそうな匂いに、ゆっくりと目覚めた。

 部屋の中は薄暗いが、部屋の中央のテーブルを囲んで家族みんなが集まっている。


「お、目が覚めたかな?」

 一茶がソファまで二人を迎えに来る。


「うん。あれ、寝てたみたい……」

「うん。なんかバチッって痛みがあって……」


「ビックリしただろ? でも僕の時もそうだったんだ。これはもう伝統みたいなものなんだよ」


「なんの話?」

「意味が分かんないけど?」


「まぁとにかく後で。とにかくまずはディナーにしよう。全てはそれからだよ」


   👆


 テーブルにはすでに懐かしい顔が揃っていた。


「あやめおばあちゃん! 元気そうだね」

「もちろん元気ですよ。それより今日のすき焼きも美味しそうよ、あなたたちも早く座りなさいな」


「ママも久しぶり! 変わんないね」

「当たり前でしょ。それよりイッサのすき焼き久しぶりでしょ? 早く座って」


 テーブルでは一茶が肉を焼き、日本酒をかけ、特製の割り下で味付けをしている。


「うーん、いい匂い!」

「もうお腹ペコペコ!」


   👆


「それにしてもあなたたちは、みんなすき焼きが好きですよねぇ」


 一茶はそう言いつつ、テキパキとネギと焼き豆腐を並べ、仕上げに春菊を散らしてゆく。もう一度割り下を入れ、最後に蓋をする。


「まぁまぁ、なんて言い草かしら。あたしたちにすき焼きの美味しさを教えたのはあなたなのに」

 あやめはいたずらっぽくそう言って、卵を割る。


「そうそう、イッサが責任もって作ってくれなくちゃ」

 エレインもまた卵を割って、箸で手早くかき混ぜる。


「「そうそう、パパのすき焼きは最高だもん」」

 双子もまた卵を割って、ササッと混ぜる。


 そして四人ともが一茶がすき焼きを完成させるのを、今か今かと熱いまなざしで見つめている。


   👆 


「まぁそこまで言われると、嬉しいかな」


 一茶はちょっと照れたように笑い、エプロンを外した。


「さて、皆さんお待ちかねの……」


 ホットプレートの蓋を持ち上げると、ふわりと湯気が上がった。

 みんなの歓声が湯気と一緒に湧き上がる。


「久しぶりねぇ、いい香り!」

「これこれ。これよ」

「「おいしそー」」


「さぁ、お待ちかねの特製すき焼き! みんないっぱい食べてくださいね」


 と一茶が言い終わる前には、すでに四人の箸はすき焼きに伸びていた。


   👆

 

 一茶はゆっくりと自分の席に腰掛け、自分の卵を割る。


「そう言えば、この中の誰も、僕の分の卵を割っておくという気遣いが出来ないものなんだな。相変わらず」


 と、つぶやいてみたが、やっぱり誰も聞いてなかった。


「まぁいいか」


 一茶はおいしそうにすき焼きを食べるみんなを見た。


 あやめさんは上品に頬を押さえながら。

 エレインは春菊を頬張り、天井をうっとりと見つめている。

 双子は若者らしく、次から次へと肉を食べている。


   👆


(これが僕の欲しかったものだったんだよな。想像していたよりにぎやかだけど)


「イッサ! お肉なくなったよ、追加追加!」

「分かったよエレイン、すぐ用意する! お前たちもちょっとペース速いよ」


(……賢者の手……みんないい人たちだろう?……)


「いいの、いいの!」

「ほら、イッサも早く食べなよ。取ってあげる」


(……僕をここまで連れてきてくれてありがとう……)


「エマ、サラ、あなたたち、ちょっとお行儀が悪いわよ」 

「だってパパのすき焼き、久しぶりなんだもん!」

「そうそう、美味しいすき焼き作ったパパが悪い!」

「そうね、悪いのは全部イッサのせいだけどね!」

「責任取ってもらわなくちゃいけないわね」


「……え? なんで僕のせいなんだよ? 責任ってなんだよ?」


 一茶は楽しそうに笑い、グラスのビールをグイッとあけた。そして自分でビールを注ぎ足し、乾杯するように双子の姉妹にそっと掲げた。正確には双子の姉妹の中に移った賢者の手に。


(……さようなら、賢者の手。今度はエマとサラと共に良い旅を……)




 ~ FIN ~

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賢者の手 関川 二尋 @runner_garden

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