第12章 双子の女の子

双子の女の子


 眠っているのか、死んでいるのか


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 あれから半年。

 僕はそんな状態の中にいた。


 僕の目は見えなくなり、感覚もほとんどが消えてしまった。

 僕に残されたのは音、かすかな匂い、わずかな味覚だけだった。


 左足と右手は不自由になったが、日常生活には差し支えない。

 でもこんな状態では働くことができない。


 僕は一人で生きていけなくなっていた。


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 僕はマンションを引き払い、あやめさんたちと暮らすようになった。


 僕の面倒はあやめさんとエレインが見てくれた。

 僕はあまり手のかかる患者ではなかった。

 トイレや風呂なんかは自分でも出来たから。


 ただそのほかは、ほとんどなにもしなかった。

 誰ともしゃべらなかったし、しゃべりたくもなかった。


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 あの日、マックとエレインは結局結婚しなかった。

 エレインは始めからそのつもりのようだったし、マックはエレインへの気持ちを失ってしまった。


 光造さんと奥さんは旅を途中で切り上げて、僕たちと一緒に帰国した。


 今は光造さんが社長に戻り、マックはその下でひたすら仕事に打ち込んでいる。

 失くした何かをむりやりに埋めるように。


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 日向さんは日本で逮捕されていた。恐喝及び強盗未遂の罪だった。


 松尾先生が説明してくれたところでは、最低でも十年の禁固刑になるだろうとのことだった。


 そして日向の元で暮らしていたエレインの双子の娘、エマとサラはエレインのところに帰ってきた。

 

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 彼女たちはまだ三歳のムニャムニャだったが、ずいぶんとおしゃべりな子供たちだった。

 僕は彼女たちとあまりうまく話せなかったが、彼女たちはそんなことは気にもとめず、毎日のように僕のベッドにやってきては、ベッドによじ登り、いろんなムニャムニャを聞かせてくれる。


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 ちなみにどういう訳だか、二人の子はよく僕のシャツのボタンをはずした。

 

 なにが楽しいのかわからないけど、いつも僕の体によじ登っては上から下まで楽しそうにボタンをはずし、これまたなぜか胸をはだけさせて笑いあうのだった。


 もちろん僕はすぐにボタンを留めなおすのだけど、結局それもすぐに外されてしまう。そうやって彼らと遊んでいることが多かった。


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 ちなみにエレイン自身は何の罪にも問われなかった。


 日向さんはエレインとのことは何も話さなかったし、デイジーは自分自身ですべての罪をかぶったからだった。


 そのデイジーはハワイで逮捕された後、フランスに引き渡され、今は刑務所に入っているという話だった。


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 ちなみにジェイも隠れ家にいたところを捕まって、今は刑務所にいる。


 本格的な捜査はまだだが、彼にはエレインの父親殺害の容疑もかかっている。

 まぁ自白していたから、こちらもいずれ明らかになるだろう。


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 それでもエレインから罪の意識がなくなるわけではない。


 エレインが毎日僕の世話をしてくれるのは、たぶん僕への罪ほろぼしの気持ちがあったせいだと思う。


 僕たちはほとんど口をきかなかったが、時間が経つにつれ、友情みたいなものは通っていたと思う。


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 そういう半年が過ぎたある日の朝。


 眠っているのか死んでいるのかも分からない暗闇の中、僕は一つの匂いをかいだ。


 それはとても懐かしい香りだった。鰹だしと味噌の混ざった、とてもいい香り。それはかつて僕が作っていた料理の匂いだった。


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「イッサ、豚汁を作ってみたんだけど」


 エレインの声が耳元で聞こえて、味噌汁の匂いが強くなった。

 僕の右手にスプーンが握らされた。


 その手をそっとエレインの手が包み込み、僕の口に暖かな味噌汁が流れてきた。


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 僕は思いだした。


 かつて僕が作っていた世界の断片を。

 かつて僕が何を作って、何を楽しんでいたかを。


「どお?」と不安そうにエレイン。


「すごく、おいしいよ」


「よかった。あたし、これってあまり得意じゃなかったんだけど、イッサのメモが残してあったからさ」


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 それは僕の味だった。


 と、布団が沈み込む感覚がして、エマちゃんの声がすぐ耳元で聞こえた。


「ママ、イッサ、泣いてるよ」

 反対側からサラちゃんも付け加える。

「ママ、イッサ、ナミダでてる」


 僕はもう一度目覚めた。

 深い暗闇の中から。


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「ねぇ、イッサ、あなたにはあたしたちがいるんだよ」


 僕はこの時になって、初めてエレインの美しさを見た気がした。


 目が見えていた時は彼女の美しさばかりに目がいって、彼女のことがちゃんと見えていなかった気がした。


 僕はエレインに恋しているのだろうか?


 その答えは自分でもよく分からなかった。


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 僕はいろいろなものを失ってきた。

 ずっとそう思っていた。


 それはそれで事実だ。

 だがそれを嘆くことに意味なんてなかったのだ。


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 過去はいつだって現在をおびやかし、未来をつぶそうとする。

 でも僕は今も現在に立ち、いつでも未来を変えることができる。


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 僕は久しぶりに占いをすることにした。


『僕はいつか、エマとサラちゃんの顔を見ることができるだろうか?』


 答えは意外なところから現れた。


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『……それは……戻り……はい……〇……見える……』


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 その答えは賢者の手から流れ込んできた。


 それは何か意思のようなものだった。

 暖かい流れのようなものだった。


 それは初めて聞く賢者の手の声だった。

 あまりにかすかな声だった。


 これまでの僕にはずっとそれが聞こえなかった。

 でも今はそれが聞こえる。


 


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 そう。失われた感覚はいずれ戻ってくる。


 僕はいつか元の自分を、僕の世界を取り戻すことができるだろう。


 僕は賢者の声のなかに答えを聞いた。


 これほどうれしい言葉はなかった


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 初めまして、賢者の手。

 僕の名前は小林一茶。


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 なんだかぎこちない自己紹介。

 賢者の手から返事はなかった。


 今はまだ。


 それでも僕は少し笑った。


 希望はある。

 僕はまだ歩き出せる。


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 僕はゆっくりと体を起こす。

 僕の背中をエレインが支えてくれる。


「エレイン、僕をキッチンに連れていってくれないかな? 作りたい料理がいっぱいあるんだ。みんなに食べさせたい料理がいっぱいあるんだ」



 ~ 第12章 完 ~

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