射手と運命と―⑤
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「あんた、あたしを騙したんだね!」
デイジーの顔は魔女そっくりに、醜く歪んでいた。
そして軽々と銃を持ちあげ、その手をまっすぐに僕に向けてのばし、親指で撃鉄を持ち上げた。
ガチリ。
不気味に響く金属音は僕への死刑執行の合図だった。
「あんただけは許せない!」
まぁそうだろうな。
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デイジーの人差し指が引き金にゆっくりと絡みついてゆく。
それがスローモーションで見えた。
たぶんアドレナリンの過剰分泌だろう。銃口に覗く小さな暗闇は、死への入り口だ。やがてその暗闇が大きくなり、僕を丸ごと飲み込むことになるだろう。
でも僕は不思議とあきらめがついていた。結局僕は死ぬことになるけど、少なくとも他のみんなは助かる。
僕は未来を変えた。
それが少しばかり嬉しく、誇らしい気分だった。
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それに今の僕の体の状態は死んでいるのと大して違いがないように思えた。
だから惜しくはなかった。
僕の人生も、僕の命も。
さよならだ。
すべてのものに。
僕は目を閉じた。
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「やめて、母さん! 撃たないで!」
エレインの絶叫が瞬間的にあふれだし、
「やめて! デイジー、やめなさい!」
あやめさんの悲鳴が空気を裂き、
「うるさい!」
デイジーの怒号が響いた。
それに応えるように、短く小さい銃声が、誰の耳にもはっきりと聞こえた。
そしてあらゆる音が、僕のまぶたの暗闇の中に吸い込まれていった。
そして静寂が、闇よりもなお深い静寂が、僕を包み込んでいった。
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僕はゆっくり目を開けた。
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白と黒のモノクロームの世界。
その中で肩のあたりから真っ黒い血を流したデイジーの姿が見えた。
今もまだ銃は僕に向けられている。
だがデイジーは呆然とした表情で横を向いていた。
その視線の先にエレインがいた。
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エレインが、両手で銃を構えていた。
その銃はまっすぐデイジーに向いていた。
その銃口から、ひとすじの煙がユラリと立ちのぼっていた。
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「どうしてママを裏切ったのよ?」
デイジーはうめくように言った。
それから同じセリフを今度は叫んだ。
「どうしてママを裏切ったのよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ママ。でもどうしても、ママに、人殺しをさせたくなかったの」
エレインはそう言って泣き崩れた。
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「エレインは裏切らないって、あんたがそう言ったのよ」
デイジーは今度は僕にそう言った。
「ええ。言いましたよ。でも、どうして僕がいつも本当の事を言うと思うんです?」
僕はそう告げた。
「あんた、嘘をついたんだね」
僕はなにも答えなかった。
もう占い師は廃業だな。
なんとなくそれが分かった瞬間だった。
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「ここまでね」
デイジーはゴトリと銃を机に置いた。
そして肩の傷口を押さえて小さくうめいた。指の先から血が流れ落ちている。
それから静かに光造さんとマックが立ち上がった。
警戒しながら二人に近づき、銃を取りあげた。
「結局あたしが娘に撃たれただけ。それも自業自得なのね」
デイジーは大きく息を吐いた。
こうして事件は終わった。
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でも、僕の話はまだ終わらない。
「マック、フロントに電話するんだ。医者と警察を呼ぶんだ」
マックはちらりとエレインを見つめ、それから受話器を取り上げた。
「イッサ、一つだけお願いがあるんだけど」
そのとき、デイジーが言った。
「占いですか?」
決まってる。まぁ僕へのお願いなんてそれしかない。
「一つだけ、どうしても知りたいの」
「なんでしょう?」
「娘は、エレインは幸せになれるかしら?」
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僕は断る気になれなかった。
それはたぶん彼女の最後の望みだから。
「いいですよ。占いましょう」
『エレインは幸せになれるか?』
僕は目を閉じた。そしてソファに落ちている僕の痺れた右手に、左手を合わせた。
パンッ!
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『はい○はい○はい』
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答えはちゃんと現れた。
僕は目を開いた。
そのつもりだった。
だが僕はまだ闇を見ていた。
なにも見えなくなっていた。
とうとう視覚を持っていかれたのだ。
それは僕にとってとても悲しいことだった。
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「大丈夫。エレインは幸せになれますよ。今度は嘘じゃありません」
僕はそう答えた。そしてまぶたを閉じた。
さらに深い闇が僕を包んでいた。
僕の体のほとんどは痺れてなにも感じなかった。
こうして暗闇の中に身を浸していると、眠っているのか死んでいるのかも分からなくなってくる。
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そうなってみて、僕は失ったものの大きさを知った。
僕は世界を失ってしまったのだ。
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「ありがとう、イッサ」
デイジーの声が聞こえた。とても遠くに。
耳を澄ますと、窓ガラスの向こうから人々の声と波の音が聞こえた。車の音や、飛行機の音、そういった日常の音が戻ってきた。
いや、それはずっと響いていたのだ。
今の僕にはすごくかすかな音だっだけれど。
「光造さん、あたしの銃を返して」
「そんなことできるわけないだろ」
「エレインを助けるためなの、お願い」
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「一茶さん、ほんとうにごめんなさい」
それからあやめさんは僕にずっとそう言い続けていた。
でも僕は混乱していてうまく返事が出来なかった。
それからしばらくして扉が開かれ、ドタドタと何人もの人間たちが部屋の中に入ってきた。みんなが英語で話していて、僕にはなにひとつ理解できなかった。
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だからその間、僕はずっとエレインの泣き声だけを聞いていた。
エレインはずっと泣いていた。
それはとても悲しくて、それなのにとても優しい声だった。
僕は初めてエレインの本当の声を聞いた気がした。
「大丈夫、君は幸せになれるよ、」
僕はそっとつぶやいた。たぶん聞こえていないと思うけど。
「僕の占いはね、必ず当たるんだよ」
~ 第11章 完 ~
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