第2話

 ある日突然この店のお客様になりたいとバッダに言っても簡単になれるものではない。気易く店にやって来ても一見さんは良くて門前払い、悪ければ存在を消されてしまうことにもなりかねない。所謂裏家業なのだ。裏家業に気易く絡んで店の存在を広められたりしては困る。だからバッダは怪しい一見がやってきたら店の裏の裏に引きずり込んで拷問に近い尋問をする。そして必要ならば目封じ口封じとしてその一見を消す。その後、もし一見がお客様に売ることができそうな体をしていたら商品として店の奥に並べるのだった。バラされて買われていくまで一見はバッダの管理下に置かれる。その後、お客様に買われて銭になって帰ってくるまで長い付き合いを強いられる。この商売の流れが一番楽だと、ひっひっと体をゆすってバッダは笑って言っていた。


  バッダの店の正式なお客様になるためにはバッダの手下のような人物からの紹介かバッダ自身から直接声をかけてもらう二パターンしかない。敏腕経営者バッダの管理下にあるおかげでこの店でお客様になれる人間は身元が確かな一握りの変わり者しかいない。だからこの店では安心して買い物することができる。


 いつだったか、バッダからこの店の売り上げは普通の肉ではなく、ほとんどお客様が買っていく方の肉代で善し悪しが決まるという言葉を聞いたことがある。昔の俺はその言葉を聞いて自分以外にも肉と見做してはいけない『肉』の魅力に憑かれている人間は少なくないということに安心したものだった。


 しかしお客様とて油断はできない。店に出入りしている限り安易にバッダのことや店の情報を他人に流したりすれば、その時はお客様であったとしてもバッダによって処分されて商品に変えられてしまうというリスクを背負っている。とても恐ろしいことだが、余計なことを喋ったりおかしな行動をしなければ問題はない。簡単なルールさえ守っていれば俺はここで肉を買い、食い続けられるのだ。そう考えればリスクなど屁でもなかった。大切な肉のためなら『行儀のいいお客様』であり続けられる自信があった。


 しかし昨日店に行ってみると目当ての肉は売り切れていた。その上バッダから入荷の予定は未定だとあっさり言い渡されてしまった。店の裏ではいろいろなお客様用の肉が売られているが俺は他の肉には興味がない。あの肉こそが至高なのだ。


 あの肉を置いていないのならばこの店にいる意味などない。心底がっかりした俺は項垂れて店を後にしようとした。


 「また来てくれよな、ベイビー」


 後ろからバッダの粘つくような嫌な声が聞こえたが返事はしなかった。

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