第10話

 やれやれ。一仕事終わった気分になったが、本番はこれからだ。もう腹がぐうぐう鳴っている。この部屋を出る時の高揚感がまた戻ってきたようだった。早く女の体から肉を取り出してしまいたい。逸る気持ちを抑えて、死んだ女の服をハサミで裂いて腹を丸出しにさせた。下腹部から胃の辺りまで緩いカーブを描いて膨らんだ腹の真ん中辺りに向かって刀身が長めのナイフで背中を貫くくらい思い切り突き刺した。刺した刃と皮膚の間から血と羊水と思われる液体がにじみ出てきた。ナイフを引き抜くと血と羊水が混じり合った液体が溢れ出した。


 念のため、位置を変えてもう一突きしておいた。この方が肉を取り出してから殺すよりもスマートな気がした。もう女を殺した時のような二度手間はごめんだった。


 使ったナイフを一度綺麗なタオルで拭った後、まだ少し血と脂が残っているそのナイフで下腹部からへそに向かってゆっくり女の腹を切り開いていった。


 あった。肉だ。腹の中でおかしな格好をして死んでいた。俺はナイフでへその緒を切り、腹からそれを取り出した。小さな肉の頭を片手で掴んで目の前で揺らしてみた。全体が血に染まっているので表情はわかりにくいが案外人らしい姿をしていて面白かった。


 真っ赤な体は手も足もプリプリとしていて非常に柔らかそうだ。俺はブルーシートの上に塊の肉を置き、ナイフと鋸で食べやすい大きさに切り分けていく。シートにできた血溜まりと肉の断面を見ていると、作業の最中から涎が止まらなくなった。息も荒くなり興奮は最高潮に達する。そしてある程度肉をばらしたら皿に盛るまで我慢ができず、モモ肉にかぶりついてしまった。


 柔らかいが、程よく弾力のある皮の中にあるとろけるような赤い肉に歯を立てて夢中で貪る。途中、血の滴る肉を見てしばらく感動と征服感に浸る。他の食べ物でここまで俺の欲を満たしてくれるものはない。しかも今日はいつもバッダの店で買うような味気ないブロック肉ではない。そのままの肉だ。何年ぶりかのご馳走だった。


 俺の横では腹を裂かれた女が開ききった虚ろな目で俺を見つめている。こいつもきっと幸せなことだろう。自分の分身を使って他人の欲を満たしてやることができ、子を宿していた時の溢れるほどの幸せを分け与えることができたのだから。


 ありがとう。食べ物にはいつも感謝の気持ちを持つべきだと俺は常々思って生きている。


 肉を捧げた女とばらされた肉と俺。食事は一人でするより大勢でするべきだ。仲間がいて場が盛り上がり、楽しくなれば滴る血は艶を出し、肉はより輝きを増す。室内に満ちる血の臭いにうっとりしながら俺は極上の空間で肉を貪る。

 

 今度店に行ったらバッダに今日のことを自慢してやるつもりだ。あいつを羨ましがらせて、こう言わせたい。


 「ベイビー、店の肉よりいいもん食ってんじゃねぇよ」


 バッダの言う『ベイビー』は赤子の肉を好んで買っていく俺の愛称だ。


 今この世界で俺のように狩りをして好きなものを食すことができている人間はどれだけいることだろう。悦に入りながらしゃぶり尽くしたモモ肉の骨を機嫌よくポーンと放り投げた。無表情だった女も一緒に微笑んでくれたような気がした。

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赤子喰い 千秋静 @chiaki-s

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