第5話
狩りの場所は事前に何か所か考えていた。一ヵ所目に行った住宅街の一角では学校帰りの小学生たちがずっと遊んでいて車で待機しているだけでも気まずかったので移動した。冬の夕方五時過ぎというのはほとんど夜と変わらない暗さだった。最近はちょっとしたことでもすぐに通報されてしまう時代だ。暗くなるような時間帯だったり子供が絡んでいたりしていれば尚更その地域の人々は警戒するだろう。身の危険を感じてからでは遅い。そこが不向きだと考えたらさっさとその場を離れた方がいいのだ。
二ヵ所目は俺の家からかなり離れた団地だ。団地から少し離れたところに車を止めて獲物が来る時を待っていた。三十分待って獲物が来なかったら別の場所に移動するつもりだった。車を止めた場所は街灯の頼りない灯りしかない団地前の細い道路だ。運転席のシートを少し倒して仰向きになる感じでいれば外を歩く人物と目が合うことはないだろうから不審に思われることなく、こちらは獲物を物色することができる。
どうせ狩りをするならもっと安全な遅い時間にすればいいのだろうが、獲物の動く時間帯は朝から夕方が主なのだ。朝っぱらから狩りなどできるわけがないので仕方なく夕方の暗くなったこの時間にしたのだ。きっとこの時間以降になったら獲物は次の日まで家から出ることはないだろう。
期待しながらここで待ち続けてもうすぐ三十分経とうとしている。理想の獲物がやって来る可能性は低いだろうか。もう場所を変えようかと思い始めた頃、車のサイドミラーに遠くから女がベビーカーを押しながら歩いて来る姿が映った。だが、あいつは俺の求める獲物だろうか?
獲物は肉を孕んでいなくてはならない。肉を抱えていない女に用はない。
ミラー越しに女とベビーカーが近付いてくる。俺は凝視する。夜になって冷え込んできたせいか、不審者を警戒してか、比較的早いスピードでこちらへ向かってくる。
やがて女が車の真横にまで来た。俺は怪しまれないようにシートを倒した運転席から女を観察する。女はこちらを見たりせずに前を向いて通り過ぎて行った。その時、女の体とベビーカーの間に見えたふっくらとした腹を俺は見逃さなかった。獲物はあの女しかいないと思った。腹以外の姿は視界に入らなかった。狩りの時に余程手こずる体格の女じゃない限り容姿は気にする必要はないと思った。
獲物を定めて、後を追うために助手席にあった凶器を手にした瞬間、急に鼓動が早くなってきた。さっきまでの肉を求める餓鬼のような自分から急に理性のある真人間に戻ったような気分になった。なぜ急に冷めるのかがわからなかった。自分の中にあった最後の良心が狩りをやめるようにと、訴えかけているのだろうか。
吐き気が込み上げてきて、今この現実が現実ではないように思えた。耳鳴りがキーンとして俺は顔を顰めた。
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