赤子喰い
千秋静
第1話
肉食系男子などという言葉が流行って久しいが、昔から人間なんて皆、肉食系の野蛮人ではないか。今さら何を騒ぐことがあるというのだろう。今の人間は自分の中の野性を忘れてしまっているだけだ。もっと自分の中の獣を思い出せ。もっと弱い者を捕らえて食む愉悦と肉の味と色を思い出せ。もっと!もっと!もっと!
そんなことを思いながらベッドで寝転がりながら俺は最高にうまい肉を頬張っている妄想をしている。捌いたばかりの新鮮で最高に柔らかい肉だ。多少生臭さとクセはあるものの、とろけるような食感が堪らない。俺の好きな肉の部位はモモだ。どんな動物でもモモ肉が一番旨いと思う。そして他の肉とは違う、俺が求めている「あの肉」に関しては絶対に焼いたりせず生で食べることが俺の中での拘りなのだ。あるところからの情報によると煮込み料理にしてもあの肉はイケるらしいが、どんな味付けをしたとしても獲れたて、捌きたてにそのままかぶりつく幸せに勝てるはずがない。
ただあの肉は高い。自分で手に入れようと思ったら相当な手間がかかるし体力も使う。だから俺はいつもバッダという男の店で買うことにしている。バッダの店では『客』に売る普通の肉屋と変わらない食用の動物の肉と、『お客様』に売るための『肉として見做してはいけない生き物の肉』を取り扱っている。客用の肉は店の中に堂々と置かれている冷蔵ショーケースにわかりやすく並べられているが、お客様用の肉は店の奥にしまわれて厳重に管理されている。
ある日突然お客様になりたいとバッダに言ってみても簡単になれるものではない。気易く店にやって来ても『お客様』になることが希望なら一見さんは良くて門前払い、悪ければ存在を消されてしまうことにもなりかねない。バッダの店は所謂裏家業なのだ。裏家業に気易く絡んで店の存在を話して広められたりしては困るのだ。だからバッダは『お客様』希望の怪しい一見がやってきたら店の奥の奥に引きずり込んで拷問に近い尋問をする。そして必要ならば目封じ口封じとしてその一見を消す。もし一見が売れそうな体をしていたらバラしてお客様用の商品として店の奥に並べるのだ。そしていずれ誰かに買われて喰われる。
バッダとの信頼関係を結ぶには時間と小奇麗な身の上と忠誠心を求められる。宝物を手に入れることは簡単ではないということはよくわかってはいたが、バッダと肉を通して俺はそれをしっかりと再確認させられた。
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