第6話 新たなる一歩

 ミコトはアストラに言われた言葉に耳を疑った。

「王都バルンストックを目指す……? いや、王都周辺は強力な魔族が多いから、シグムント村の周辺から徐々に行動範囲を広げようって話のはずじゃ?」

「ミコトちゃんの成長が思ったより早いから、予定変更。理由はそれだけじゃないけどね。魔族の増え方が思ったより早くて……バランスを取らないと……」

「……バランス……?」

「いや、それはこっちの話……今は忘れて。それに、どのみち一直線でバルンストックを目指そうって話じゃないのよ。ただ、シグムント村の周辺からゆっくりと活動するのは、流石に訓練期間を長く設定し過ぎかなって」

「そうか……?」

 それは、自分をいささか買いかぶり過ぎていないか。ミコトはそう考えたが、アストラは必ずしもそう考えてはいないようだ。

「ミコトちゃんが完全に単独で戦える必要なんて、必ずしもないのよ? それだったら、私はなんのためにいるかって話になるでしょう? とはいえ、私の力だけをアテにされても真価は発揮できない。ミコトちゃんは、そのことをよく分かっているようだから……実は他の子だと、そのことを分かって貰う方によほど労力を割かないといけなくてね……どちらかというと、そのことを分かってもらうために、単独で戦かう訓練をしてもらうのよ」

 普通ならね……とアストラはミコトの方を見ながら言った。だが、ミコトの表情は決して明るくはならなかった。

「私には戦いの才能なんてない……それは分かっているだろう? なのに、目標を一段とばしで繰り上げて、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。貴女は、『救世の剣グラン・セイバー』で戦うということがどういうことなのか、それを客観的に認識出来ている。それが出来ている限りは、乗り越えていけるわ」

……か。たしかに、そうかもしれないな。分かった、バルンストックに少しづつ近付くコースで、賞金首を倒していくルートを考えていこう。ちょっと村長に、心当たりを聞いてくる」

 二人が今いるのは、オークの群れを倒した後に立ち寄った村で、宿屋と食事処が兼用となっている建物だった。正直この規模の村で宿屋など経営したところで、観光客などロクにこないのによくやれていると思ったのだが。

 それは不見識という物だった。よくよく考えれば、他の村と全く流通などが行われていないなど、逆にあり得ないだろう。そういった物資を運搬したりする者が、休憩のために宿屋を利用するのだ。

 とはいえ、流石に宿屋だけで経営するのは無理難題なのも事実なようで、メインはやはり酒や料理を提供することによる収入なようだが。

 オークの群れを倒した報酬として、しばらく宿屋を無料で提供していいといわれて、今はこうして宿屋で世話になっている。規模が小さな村なので、どのみち金銭だけで報酬が支払われることはないだろうとは思っていたし、ミコトの方も食糧などの現物支給の追加で十分だと思っていた。

 ただ、自警団の被害は重傷者は少なかったようだが、その代わりに負傷者が多数いてしばらく自警団の体裁が保てない状態だった。そこで、ミコトに報酬代わりの宿屋と料理を無料提供する代わりに、自警団の代わりを担当してほしいという要請が出たのだ。

 ミコトはこれを了承した。正直、次にどうするかの方針を決めるのに時間がかかったのも事実だし、これまで野宿だった疲れが全く無いわけでもない。自警団の代わりに戦えば追加の報酬も出しますとまで言わてしまっては、断るのも気の毒だった。

 とはいえ、そろそろ自警団のメンバーも復帰出来るようになった者が増えてきた。ミコトの方も方針がある程度固まったし、そろそろ次の場所へ向かわねばならない。潮時という物だろう。

 村長には、魔族や魔物の被害に関する噂を確認して貰っている。バルンストックへ近い場所に、目ぼしい情報があれば良いのだが。

 ミコトはそう考えながら、村長の家へ向かった。その後ろ姿を見送りながら、アストラは思う。

(ミコトちゃん……英雄譚っていうのはね、大抵大衆向けに脚色されているのよ。大抵の人は、英雄が最初は苦労したとかそういう話は、退屈だって感じるから、そういった部分は省かれているけど……誰もが、大した訓練もせずに超常的な活躍が出来たわけじゃない。それを気に病む必要なんてないのにね……)




 村長から、魔族や魔物の被害で困っている場所の噂を集めたミコトは、その内容をアストラに伝えることにした。しかし、どうにも判断に困る内容だった。

「バルンストック方面へ近付く方向には、魔族が現れるという噂程度の情報しかない街しかないと……他は遠回りな上に、魔物としても小物ばかりとはね。判断に困るわ」

 アストラが嘆く。あまりに具体的な情報に欠けている場所か、相手が小物だと分かっている場所しか選びようがないとは。

 別に相手が小物なこと自体が問題なのではない。しかし、その場所や近辺に向かうついでならともかく、旅を続けるつもりなら報酬が問題となってくる。

 旅を続けるつもりなら、それなりの資金が必要となることが問題なのだ。報酬があまり期待出来ない相手を倒しに遠回りすると、報酬の不足によってバルンストック方面に向かうだけの資金調達ができなくなる、なんて事態に陥るかもしれないのだ。

「そうなんだ。魔族といえどピンキリだろう? 今の私の手に余るかどうかの判断もしようがない」

 とはいえ、魔族は魔物より基本的には上位の存在である。とはいえ、魔族にも当然上から下までいるわけで、ミコトの手に余る相手かどうかが分からない。

 アストラがいるから、ミコトが足を引っ張ることになっても死ぬことはないかも知れないが、かといって報酬が貰えないとそれはそれで難儀する。

 勇者見習いだと言うのに、金の工面を最優先に考えないといけないというのもどうかとは思うが、これが今のミコトたちの切実な現実である。

「……いいわ。魔族がいるという街に行きましょう。どの道、バルンストックに向かうとかいう以前の問題として、今はある程度コンスタントに資金調達しないといけない時期だし」

「私の手には負えない魔族かもしれないぞ……?」

「そこは最悪、私の力を解放してなんとかしてもいいし……強力な魔族の周囲には、大抵その眷属たちもいる。大物過ぎれば、先にその眷属たちのほうで経験と報酬を手に入れることを優先してもいいしね」

「……」

 魔族と聞くと、ミコトの心がざわつくのだ。両親を殺したのは魔族だったと聞いている。その魔族を放って、他の眷属や取り巻きだけで自分が満足出来るかどうか。無謀だと分かっていても、魔族に挑みたくなるかもしれない。そんな自分を抑えていられるかは不安だったが……

「そうだな。アストラもいるんだから、きっとなんとか対応出来るか」

 一人ならともかく、アストラもいるのだ。アストラと一緒なら、ある程度冷静に対処出来るかもしれない。それはむしろ、願望に近いものではあったが。

「分かった。行こう」

「ええ」

 戦いの道を選んだ以上、ここはきっと避けては通れないことなのだ。それに、戦場はいつも想定通りに事が運ぶわけではないし、事前には分からなかった事態が発生することもある。

 いつまでも、予定調和に事が運ぶことばかりを選んでもいられないだろう。ミコトは覚悟を決めることにした。

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『救世の剣』を抜いてから始まる勇者道 シムーンだぶるおー @simoun00

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