第5話 ユニコーンと乙女騎士

 光に満ちた結界から現実へと帰還したとき、オークたちはまたしても驚愕していた。それはそうだろうと、ミコトも思う。向こうからすれば、ミコトが突然騎乗しているのだし、なにより乗っている生物が珍しいどころではない。

 それは、頭に一本の全てを貫く鋭き角持つ、小柄でなだらかな曲線を描く麗しき馬に似て非なるモノ。たてがみは金。目は澄み渡る空の如き蒼。体毛は純白の衣の如く。

 その生物は、乙女にのみ心を許す『ユニコーン』と呼ばれる。女神アストラの真の姿であり、そのためこのユニコーンは彼女の瞳と髪とそれぞれ同じ色の、目とたてがみなのである。

「ちょっ!」

 ミコトもユニコーンに騎乗したため、突然目線が高くなったことに若干戸惑いつつ状況を把握し直そうとしていたが、アストラは真の姿を開放した瞬間から瞬時に駆け出した。その素早い行動と凄まじい加速に、ミコトは反応しきれず落馬しないようにするのが精一杯だった。

 そのアストラは、一番奥にいたはずの槍を持ったオークの群れの長へと、角を向けて突進していた。向こうが反応して槍を向けようとしたときには、アストラの角がオークの身体を貫いた……だけでは終わらない。その強烈な一撃は、角で貫いたオークの上半身をまるごと粉砕してしまった。


 ただ、不思議なことにその肉片や血飛沫は、ミコトやアストラに触れる寸前で見えない壁にぶつかったように制止して、自由落下に移行していく。

 いや、おそらく本当に見えない壁があるのだ。現実の空間でこの姿になったのは始めてだが、説明ではミコト自身の身体能力も若干向上するらしいとも言われた。この現象は、アストラによる防御支援だろう。

 無論、武器による攻撃を防ぐことは期待出来ないだろうが、石つぶてなどが目や身体に当たらないというのは、実は相当の利点であるように思える。


 ともかく、その衝撃でアストラも一度減速するが、すぐにそのまままっすぐに加速して、一旦オークの群れから離脱していく。馬は速いが、流石に止まったままで向きを変えるのは若干遅い。超常的な能力を誇るユニコーンでさえ、その例外ではない。いや、もしかするとミコトが乗っていなければ別かもしれないが。どのみちその場での強引な方向転換は、可能だとしても上にいるミコトへの負担が大きい。

 アストラは残りの三体からそれなりに離れた時点で、弧を描くように旋回を行った。今度は上にいるミコトへの配慮がある。今はミコトに負担をかけるほどの速度を出したところで、先ほどのような形での奇襲は不可能だという判断もあるのだろうが。

「いきなりか!」

「そりゃ、奇襲したほうが有利じゃない?」

 アストラはのんきな返事をした。だが、その判断は正しいとミコトも考えざるを得ない。あそこで槍を持っているオークを潰していなければ、この状態でも若干の駆け引きが必要になっただろう。

 流石にユニコーンと太刀の組み合わせで負けるとは思わないが、他より確実に厄介な獲物を即座に片付けられる状態なら、そちらを狙うべきなのは自明の理というものだ。

「アストラ、今回は私が合わせる。機動と攻撃相手の選択は任せた」

「うふふ、まだ私は乗りこなせないかぁ。いつか私、ミコトちゃんにめちゃくちゃに乗り回されてみたぁい」

 なんでいちいち、そう意味深な発言をしたがるのか。そしてその軽い口調とは裏腹に、アストラは冷酷なまでに獲物を見定める。どの機動でどの獲物から狩るのが最も効率が良いのか。その選定能力は、ミコトではまだまだ及ばない。

「いくわよ!」

「……!?」

 今度は加速前に警告されたが、それでも落馬しないようにするのは相当の困難を伴う瞬発力だ。一瞬焦ったが、すぐにミコトは自分の仕事に集中する。おそらくアストラは、オークの迎撃を受けないように動く。その動きに、自分の方が合わせて斬撃を見舞うのだ。

 騎乗用に調整された『救世の剣』の太刀とはいえ、当てられなければ意味はない。このときのための太刀なのだ。その太刀は今、淡く儚げな白い輝きをまとっている。その輝きの儚さとは程遠いほどの斬れ味に、この状態の太刀はなっているだろう。

 アストラはオークの群れに飛び込んでいく。右側、右側、左側。それぞれ三体のオークに対し、フェイントも挟みながらそのように駆け抜けた。

「……!」

 ミコトは斬撃の瞬間に叫ばなかった。叫べなかったという方が正しいが。

 ただ、元々騎乗しなおかつ加速している状態では、あまり太刀は振り回さないでいい。振り回し過ぎると落馬するし、振り回さなくても速度が出ている状態では、十分な威力の斬撃となる。

 徒歩のときとは大違いだ。とっさに左に薙いだだけで、オークの胴体が分割される。骨ごと首を切断し、頭部と血飛沫が宙を舞う。右の袈裟斬りは、軌跡通りにオークの身体を切断仕切っていた。

「おわり……なのか……?」

 徒歩のときと比べて、おそろしいまでにあっさりと片付いてしまった。

「いえ、これから他の群れが来る。数はいまのと同じくらいだけど。やれる?」

「……大丈夫。今すぐならともかく、一呼吸おけるなら十分やれる」

 返事が若干遅れたのは、自身の体調を冷静に分析するためだった。自分にはまだ、技量も身体能力も足りない。そのような自分が調子に乗って戦えば、すぐに自滅してしまうだろう。更にいうなら、今の状況ならば別にいますぐオークの群れと交戦しなくても良いのだ。

 今のアストラがいれば、オークの群れがここに来る頃には、離れた場所で隠れることも、村の周辺まで移動して一旦村で休むことすら容易い。

 だからこそ、冷静に自分の消耗具合を確かめる。今の自分たちの戦力なら、同数程度のオークならば十分相手に出来る余力がある。そうミコトは判断した。

「そう……ミコトちゃんは偉いわね」

「なんだよ、その言い方」

「褒めてるのよ、これでもね」

 アストラは本当に褒めているのだった。これまでの剣の所有者は、始めてこの力を使ったとき、大抵は高揚感や興奮で冷静な判断が出来ない。それでもアストラが色々とアドバイスもするから、戦いで死亡することはなかったのだが……

 ミコトは冷静だ。おそらく自身が戦闘に関する才能に欠けていることを、自身が痛感しているからこそだろう。自分の戦闘能力に過剰な自身を抱いていないから、復讐心に突き動かされる自分を抑制出来ているのだ。

 無論、ある程度の士気は必要だ。戦闘では、臆病すぎても勝機を逃しかねない。だが、自分の状況をかえりみずに戦う輩も、長生きは出来ない。

 ミコトには、戦場で生き残るのに一番必要な士気と、それを過剰なものにしない思考が自然と身に付いている。

 グラン・セイバーの解放に伴う力にも、惑わされていない。自分の実力がなければ本来の力は発揮されないと、ちゃんと自覚もしている。

(このまま成長すれば、ミコトちゃんは自分で思っているより、ずっといい騎士になれるわね……)

 そう思うと、アストラは嬉しくてたまらない。自分と共に戦う者に恵まれた幸運を、アストラは噛み締めていた。



 ミコトとアストラが村に到着したのは、それから大分後になる。なにせ、オークの群れを倒したことを証明するため、異臭などを我慢して首級しゅきゅうなどをいくつか選別して、村まで運ぶ必要があったのだ。

 そうでないと、村の者から信用してもらえず報酬が貰えないおそれがある。詳しい戦果は後日の調査となったものの、ちゃんと証拠を持って赴いたこともあって、前金だけでしばらく生活するのに問題ないだけの報酬と、ただで宿を借りることが出来た。

 バウンティーハンターとしての生活は、まずまずの出だしだった。

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