『救世の剣』を抜いてから始まる勇者道

シムーンだぶるおー

第1話 零から始める勇者道

 ミコトという名の少女は、今非常に不味い状況にあった。林道を抜ければ村で休憩できると思っていた矢先に、オークの群れが正面に集結しだしたのだ。

 その村で自警団が襲われたとの話を聞いて、女神の命令で強制的にその村を救う依頼を引き受けて向かっていたのだが、どうやらその犯人共は獲物を求めて村の周囲をうろついていたらしい。こちらを次の獲物にしようとしているようだが、ミコトが武器を持っているので、様子を伺ってもいるようだ。

「どうしましょう! このままだと、ミコトさんが薄くて高い本のような展開にされてしまいそう! 実にいやらしいですわ!」

 そう言ったのは、女神アストラ。金髪碧眼のロングヘアーに、白磁の肌と豊満な双丘が特徴的だ。服は豊満な胸を完全に覆う、純白で飾り気の少ない清楚そのものなワンピース。容姿も、それだけなら中背の清楚で可憐な雰囲気の女性といった印象を与える。

 肝心の中身は、女性同士で愛し合うことが信条です、などとよだれを垂らしながら言い出すような、色々な意味で残念極まりない駄女神なのだが。

 とはいえ、そこは色々な意味で腐っていようが女神である。その超常の力を発揮すれば、この状況も危機的とは言えない。だが、彼女はそうそう助力することはしない。理由は、それでは修行にならないから、だそうだが。表向きの理由としては、たしかにある程度納得がいくし、反論の余地はあまりない。

「ならなんでよだれ出してんの! しかも異様に興奮してるし! こんな状況でなに想像してんだ、この色ボケ女神!」

 一方のミコトは、少し前まで普通の村娘だった。ただ、容姿だけは育った故郷では特殊だった。漆黒に艶めくセミショートヘアー。黒曜石のような瞳は、若干勝ち気な気性を感じさせる。肌は若干色がついているが、キメが細くて羨ましいと言われることもある。ただ胸に関して言えば、アストラから美乳よねぇなどと言われたことがあるものの、少なくとも珍しがられたことなどない。

 東洋の小さな島国から流れ着いた移民が、ミコトの直近の先祖にいたらしい。この容姿はその島国の者の特徴らしく、よく珍しがられたものだった。

 ついでに、その容姿のせいでこの女神に気に入られてしまったようだが。

「いやいや、私は単にそんな状況我慢がならないと思っただけですわよ? この女性同士で愛し合うことを至上とする、女神アストラの名に誓って。ただ、ミコトの色っぽい姿を想像してしまい、ちょっとだけ興奮しました。不覚です」

 そうはいうが、反省する気配は一向にない。これはいつものことだった。ミコトのあられもない姿を想像するのが、この女神の今最も好きな娯楽らしい。

「勝手にあられもない姿想像する暇があるなら、手伝え!」

 といっても、ミコトは別にアストラに直接戦えと言っているのではない。剣の女神の助力がなければ、救世の剣は本来の力を発揮することが出来ない。

 だが、それを知っているはずのアストラは、動く気配が全く無い。

「それじゃ修行にならないでしょう?」

 そのミコトの姿を見たものは、奇妙に思っただろう。ミコトの右隣にいるアストラは、のだ。それもそのはず。『救世の剣の女神アストラ』は剣の所有者以外には、霊能力が高い一部の者にしか正しく視認が出来ず、半透明に見える。

「ドラゴンとかならともかく、この程度の魔族……自力でなんとか出来ないことには、勇者としての資格はありません」

 実に正論である。このオークたちは群れている上に、今は自警団から奪ったらしい簡素な武器や防具を纏っているモノがいるが、オーク自体は一般人でも武器さえあれば倒せるのも事実だ。

 救世の剣ともなれば、斬れ味も貫通力も打撃力さえも女神の加護によって強化される。技量さえあればたとえ群れだろうと、オーク程度はむしろ倒せてあたり前の戦闘力なのである。技量があれば……だが。

「今の貴女には何もかも足りていない。特別な資質は私好みのエロ可愛い容姿だけで、選定の時も特筆すべき資質は他に無かった」

「おい、いい話っぽくして妙なこと言うんじゃない!」

 アストラは当然のように、ミコトの抗議を無視した。超然として話しているが、それだけに余計たちが悪い。

「貴女にあったのは、意志。復讐という、とても強い意志。それが、世界を改変するための強靭ないしずえとなると判断したから、私は貴女を選んだ……その唯一の資格を、示して見せて」

「……言われなくとも!」

 分かっている。あのときまでの自分は、ただの村娘だったのだ。戦闘訓練を始めたのは、あるキッカケがあってからだった。それも、付け焼き刃に等しい短期間のことである。

 それでも自分が戦うと決めたのは、自分の意志でだ。足りない物は、今から身につけていくしかない。死の恐怖さえ克服こくふくする強靭な意志だけが、今の自分にある最大の武器だ。

 とはいえ、勇者になるまで死ぬつもりはなかった。今はまだ、長い道中のほんの始まりに過ぎない。

「こんなところで足踏みしていられるか!」

 そしてミコトは、一番手近なオークに向かって走り出す。目に刃の輝きと、決意を灯して。




 ミコトは、『救世の剣』グラン・セイバーが中央部にある丘の上に抜き身で突き刺ささっていた、シグムント村の出身である。

 この村では一年に一度、村だけでなく村へとやってきたもの全てが、この剣を引き抜けるか挑戦する、という風変わりな祭りが行われていた。

 抜いたものは、救世主として世界を股にかける勇者になれる、と伝承で語られているが、それを信じている者は実のところいないのではないだろうか。

 ともかく、皆は風習となっているのか、一応剣を引き抜くことには挑戦するものの、引き抜ける者は未だ現れない。何かしら仕掛けが施してあるのではないか、と邪推する者もいるにはいたのだが、かといって挑戦料を取られるわけでもなく、何故か引き抜けなかった経験がある者も毎年強制参加な風習だったから、あまりその議論で騒動に発展するということもなかった。

 去年までのミコトも、その祭りに嫌々ながら参加するだけで、さしたる疑問も執着もなかった。

 そう、去年までは……


 去年の祭りの後、両親が殺された。

 二人は旅行中に魔族に襲われたらしい。近くの比較的大きな街までとはいえ、久しぶりの旅行といえる機会だったので、ミコトが気を利かせて両親だけで行かせたのだ。それが正解だったのか間違いだったのか……

 ともかく、それからのミコトは変わった。常に仄暗ほのぐらい感情を瞳に宿して、生活の合間に手斧や木刀の素振りといったことを始めもした。

 他の住民たちは、そのうち彼女も無力な自分を思い出すだろうということで、しばらく静観することにした。今止めにはいれば、かえって自暴自棄になりかねない危うさも感じられたということもある。

 だが、彼らの思いとは裏腹に、彼女の心にある復讐の意志は、決して折れるということは無かった。ミコトは、戦うための力を欲していた。


 以前の祭りとの違いは、そこにあったのだろう。

 去年までの祭りとは違い、ミコトには剣に対する執着があった。彼女とて、自分が多少鍛錬したところで、所詮魔族に対して無力なのは自覚していた。

 それでも、怒りを鍛錬という形で発散しなければ、自分は今すぐにでもその辺りにいる魔族の元へ、復讐におもむいただろう。ミコトにとって、復讐の相手は魔族そのものだった。自分の両親を殺した魔族だけではない。とはいえ、自分程度ではほとんどの魔族相手に返り討ちにあう程度の力しかない、とは頭では分かってもいるのだ。

 それでも、この感情は消えない。仄暗い灯火は、未だ彼女の瞳にあった。

 『救世の剣』の伝説は、ミコトも眉唾まゆつばものだと思っていた。だが、彼女が知っている世界の中では、他に自分が魔族と戦えるだけの力を手に入れる術がない。剣の力に頼ろうとするのは、ある意味で当然だといえた。

 ミコトが剣を引き抜く儀式を行う順番が来た。他の者は遠巻きに眺めているが、本当に剣が抜かれることを信じている者はいまい。ここにいる者は、ただ剣を抜く儀式を全員が行ったか確認するための者か、出なければまだ儀式を行う順番ではないだけのことだ。

 ミコトは剣の前まで歩み寄った。その時、ふと女の声が聞こえた。

「貴女には、今までと違う意志を感じます。しかし、その意志は強靭ですがあまりにくらい。貴女は、何を欲して私を求めるのです?」

 剣からの問いかけだ。ミコトにはそのとき何故かそれが分かった。剣の握りを右手で無造作に掴む。

(伝承は本当だった……きっと、この剣には私が求めるだけの力がある)

 その確信があるから、ミコトは力強く剣へと語りかける。

「魔族への復讐。私の大切な物を奪い去った魔族たちへ、報いを与える」

 剣は沈黙していた。なにか考えていたのか。少しの間があって、剣が返答する。その言葉はミコトにとって、予想外のものだった。

「……良いでしょう。貴女に力を与えましょう」

「はっ!?」

 予想外の返答に、思わず大声を出してしまい、若干恥じ入ってしまう。だが、実際にはミコトが剣に触れた瞬間から、村人たちには二人の問答は聞こえていなかったので、そんなことを気にする必要はなかったのだが。

「おかしいですか? 私は戦うための存在。戦いの中で私の目的が達成されるのであれば、貴女の思想には必要以上の干渉をする必要がないのです」

 それはそうかもしれない。しかし、自分でもなんだが、てっきり復讐で力を振るおうとしていることには、なにか言われるかも知れないと思っていた。だが、目的が達成されるなら思想自体には頓着しないとは、かえって清々しいものさえ感じる。

「ただし、約束して下さい。貴女が戦うための強い決意から、私は貴女を選定するのです。戦いから決して逃げ出さないこと。そして、貴女にはこれから弱き者を守護する義務が生じ、そのことを決して忘れずに実践すること。貴女に、それが出来ますか?」

 その言葉には、ミコトは正直どきりとした。守る義務……今の復讐にかられた心で、それが出来るのか。しかし、戸惑いは刹那のことだった。

 自分が人々を守れない体たらくで、どうして魔族と戦い続けることが出来るのだろうか。不安がないといえば嘘だ。だがそもそも、この剣の力がなければ何も始めることは出来ない。自分はあまりに無力だ。だから……

「約束する……!」

「では、覚えておいて下さい。我が名はアストラ。『剣の女神』にして、『救世の剣』グラン・セイバーの選定者。貴女が資格をなくしたと判断したとき、この剣と私は貴女の元を去る」

 その言葉とともに、剣から伝わる感触が変化する。今までは軽く握っていただけとはいえ動く気配などまるでなかったのに、今は剣が自分の込めた力に僅かに反応している。

 そして、いつの間にか自分と剣の先に金髪碧眼の女性が立っている。この女性が女神アストラなのだと、何故か分かった。

「さあ、力を込めて。今が盟約の時です」

 その言葉と同時に、ミコトは腕に渾身の力を込めた。剣が一気に引き抜かれる。抜き身だった刀身は、いつの間にか鞘に収まっていた。

 いや、それだけではない。そもそも、この剣はこのような鞘に収まる形状だっただろうか?

(今、私に合わせて刀身そのものが変化した?)

 多分そうなのだろう。刀身の長さこそ若干短くなったような気がする程度だが、刀身の幅は明らかに前の方が広かった。

「昔の所有者は偉丈夫だったのですけど、貴女の場合はこれくらいの方が扱いやすいかと。貴女は素人同然ですし」

「なるほど……」

 そこまで会話したところで、ようやく後ろの方で騒ぎが起こっていることに気付いた。あたり前の話ではある。

 アストラが突然現れたこともそうだし、アストラが実はミコト以外には半透明で見えていることもそうだし、抜けないと思われていた剣が引き抜かれたこともそうだし、剣がいつの間にか刀身の形状が変化して鞘に収まっていることもそうだ。ここまで驚くべきことが複数もあって、騒ぎが起こらない方がどうかしているだろう。

 ミコトはまず、村の者たちに事情を説明する羽目になった。

 ただまあ、そこまではなんだかんだで良かったのだが……




 ミコトが知ったのは、女神アストラによって語られた、伝承には書かれていない驚愕の事実である。

「いままでの剣の所有者は、女性しかいない?」

「そう。だって私、男の人に興味ないもの。喋るくらいなら別にいいけど。一緒に旅をするとなると、可愛かったり華麗な女性じゃないと嫌だから」

 ……今なにかおそろしい事実が語られた気がする。気のせいであってほしいが、どうなのだろう。

「目的がどうとか言ってたのは?」

「目的はとても大事なこと……ないがしろにしていいわけじゃないわ。でも、私たちはパートナーになるの。好みの不一致は、重大な欠陥になるわ」

「いや、我慢して下さいよ。仮にも女神様でしょ」

「女神様だからよ! なんで神様の方がそこまで我慢して、人間の方に合わせる必要があるの!」

 そこまで言うほど、男性が嫌いとは……いや、これはおそらく思った通りの事態かもしれない。

「もしかして……女性しか愛せないとかそういった理由で?」

「ウィ」

「肯定したよ、この女神! 自分が女好きなだけじゃないか、なんだそれ!」

「……? そのおかげで、貴女が選ばれたのよ? 何が不満なの?」

 ……冷静に考えると、その通りではある。女性の中から選り好みしていたという事実に、言い知れぬ理不尽さを感じてもいるのだが。とはいえ、そうでもなければ、自分を選ぶ理由は無いだろう。

 村の力自慢もいたし、村以外からやってくる奇特な武芸者も若干だがいるのだ。そのほとんどが男性だが、アストラが女性しか選ばないのでなければ、おそらくは彼らの中から所有者が選ばれていただろう。

 素人の村娘など、そういった特殊な理由もなしに選ばれる道理の方が、存在しないのだ。

「…………」

 ミコトは複雑な心境だった。選ばれたのは、自分が女性だったからというだけのことなのだとしたら、自分の決意は一体何だったのか。

「……まあ、でもミコトちゃんがいてくれて助かったわ。他の人たち、どうも危機感とかが薄くて、盟約が続けられるとは到底思えなかったし」

「え……?」

「ミコトちゃんへの配慮とかじゃないのよ? 昔はここが貿易商の通り道でね。結構大きな街だったのよ。でも今じゃ別の通り道と街が出来たせいで寂れてしまったし、そもそも今はもう『救世の剣』グラン・セイバーの伝承を信じている人も少ない。だから誰も本気で、私を必要としている人はいなかった……ミコトちゃん以外では、ね」

 それはそうかもしれない。もしかすると、武芸者たちでさえ力を示す余興の類と思って参加しているだけで、救世の剣の伝承自体を信じているかどうかというと、信じていない者が大半だったのかもしれない。

 ミコトの場合も、信じていたというよりは、他にすがるものがなかっただけのことだが。それでも、剣の力を真剣に欲しっていたのは、もしかするとあの場にはミコトしかいなかったのかもしれない。

「アストラさ……」

「それにミコトちゃん、段々私好みの身体つきになり始めちゃって。イタズラしたくてしょうがなかったわ! それに、どうせキスするなら好みの女の子の方がいいじゃない?」

 女神アストラのことを、ミコトはアストラ様と呼ぼうと決意していた。そのときに、このセリフである。そして、気になる文言が出てきた。

「……は? キス……?」

 どうせキスすることになる? なぜそうなるのか? 自分にはそんな気はないのだが。

「ああ、言ってなかったわね。剣の真の力を発揮するには、盟約を交わした二人がキスをする必要があるの! きゃー、ミコトちゃんとキスだなんてもう興奮しちゃう! もっと先までしたいけど、今は我慢よ私!」

「欲望が全部口に出てるわ、この駄女神! 他の方法はないの!?」

「あるわけないし、あっても教えるわけもない」

「ああ、そうですか!」


 多分本当に他の方法がないだけだと思いたいが、ミコトは腹いせに女神アストラのことを、アストラと呼び捨てにすることにした。

 アストラが、そのせいでかえってキュンとしてしまったのは、内緒にしておいた方が双方のためだろう。

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