第4話 偉大なる救世主・グランセイバー解放

 ミコトがシグムント村から出立してからの、最初の試練である。これから魔族と戦っていくなら、オーク程度に遅れをとるわけにはいかない。

「こんなところで足踏みしていられるか!」

 『救世の剣』グランセイバーを鞘から抜き放つ準備と共に、一番手近なオークに向かって走り出す。目に刃の輝きと、決意を灯して。

 復讐の意志は、両刃の剣だ。個人単位の戦闘では、戦意と冷静さは常に両立させなければならない。どちらかが極端になれば、むしろ敗北の危険性が増す。

 ミコトが一番手近なオークに向かって行ったのは、実は適当な判断からではない。少数なこちらは、まずは機先を制して囲まれないようにする必要がある。

 一番手近なオークは、群れで固まっているようでいて、陣形が適当なために味方の援護が受けにくい位置にいる。まずはここを切り崩し、多対一の状況に陥らないようにする。

「だぁ!」

 斬撃が、ミコトが標的にしていたオークの胴を薙ぐ。踏み込みが浅かったために、胴が真っ二つになりはしなかったものの、あっさりと肉を裂いた斬れ味も相まって、敵たちは動揺した。

 あたり前である。刀身の幅が若干細めで、だったのだから。

 『救世の剣』は、持ち主の好みで調整が出来る。それは、重量がほぼ同じという条件でなら、鞘から抜き放った瞬間に形状を変化させることすら可能だ。それを利用しての、曲芸じみた小細工である。

 これは刀。東洋の島国で用いられている剣である。反りが強い片刃の刀身が特徴であり、直剣が主なこの地方では、使い手どころか刀そのものを見たことが無い物も多い。ミコトも、先祖に東洋の島国出身者がいたから、名前と形状だけは知っていた程度だ。

 刀には厳密には打刀と太刀の分類がある。徒歩で使うことが前提なのが打刀、そして騎乗した状態で使うことが前提なのが太刀である。

 ミコトがアストラに調整して貰ったのは、太刀の方に近い代物だ。剣の真の力を解放したとき、アストラに騎乗することになるので、それならば最初から騎乗を想定した刀に近い代物に、とミコトが頼んだのだ。

 二種類の刀を状況次第で使いこなせるほどミコトの練度が高くない。とはいえ、訓練で慣らすだけの時間もおしい、というのがその理由である。

(まだ、リーチを完全につかめてない……が、それは織り込み済みだ!)

 オークは魔族や魔物に分類される類では雑兵だが、人間よりは生命力が強くしぶとい。その分、動きが鈍いのだが。大抵の魔族などは人間よりしぶといのが一般的である。人間なら一撃で屠るだけの傷だろうと、それだけで早々に死ぬことはないことが多い。

 一撃必殺を想定した剣技は、おそらく十分には機能しない。大して身体能力が突出しているわけでもないミコトには、なおさらのことだ。

 明らかに鞘から想定されるリーチよりも遠い所からの斬撃で手傷を負い、反応が出来ていないオークに対して、ミコトは喉元へトドメの突きを放つ。

「いちっ!」

 刀は地面に対し水平で右向き。その刃が喉を貫通したのを確認した後、首を裂きながら刀を右へ払う。朱色の飛沫が噴出するが、それを気にかけなどしない。

 そんなことより、相手の群れがどう動いたかを確認する。包囲網を完成されてしまったら、その時点でミコトの負けだ。幸い、こちらの得物が奇怪この上ない代物だったこともあって、相手はまだ全体的に動き以前に判断自体が遅い。

 こちらから見て、右翼から回り込もうとする敵の動き出しが特に遅かった。そちらを次の獲物と定める。

 刀は正眼と八相の構えの中庸に近い、正眼より上に刀を向けて柄尻つかじりを左手で支える、我流の構えをとる。この構えがミコトの基本の型なのだが、そこに至った発想は単に体力の温存だった。

 単に、救世の剣(今は刀の形状だが)をただ中段に構えているだけだと、長時間その姿勢を維持出来る身体能力がない、ということに訓練中に気付いたのだ。とはいえ、八相の構えでは剣を持つのは楽なのだが、ミコトの技量と身体能力では狙う場所によっては対応が遅れる。中段の構えに近く、しかし構えを出来るだけ長い時間維持しようとしたら、こういう構えになった。

(情けないが……筋力がまだ足りない現実は直視しないと)

 今度のオークは、動き出しこそ鈍かったものの、右手に持っていた手斧を上に振りかぶり、こちらを迎撃しようとしていた。ただ、手斧が身体の後方に隠れるほどに、構えが大振りだった。ミコト程度の体格の人間なら、それほどまで振りかぶらなくとも、一撃で致命傷を与えるには十分なのだが。

 その隙に自分から右、相手の左側へと向かいながら左側の膝へ袈裟斬りを行う。脚は止めない。向こうの攻撃は、振りかぶりが大きすぎてミコトが袈裟斬りを始めた時の場所へと、空を切り裂くのみだ。

 その間に、一度斬り裂いた脚へもう一度斬撃を見舞う。ミコトの筋力であっても、二撃あれば全力で斬りつけなくともこの剣ならば両断が出来る。そう確信しての一撃は、目論見通りにオークの左脚の膝から先を永遠に別れさせた。トドメに、倒れるオークの背中に斬撃を見舞う。少なくとも戦闘は不可能になっただったろうが、念には念をいれて命をさらに短くする傷を負わせたかった。

「にっ!」

 包囲網は崩れた。オークの群れは再包囲を始めようとする。今度は正面から来たオークが突出しすぎている。

 今度のオークの得物も斧だった。先程の戦いを参考にしてはいるようだが、それでもやはり振りかぶる動作が大きい。オークは武器を使うことは出来る知能はあるが、相手に合わせて適切に武器を使いこなすことまでは難しいようだ。

 振り回し方も単調で、牽制の動作やフェイントなどの工夫もない。武器を振りかぶる軌道などが丸分かりだ。それでも武器が普通の品質だったなら、一体でもひどく苦戦していただろう。

(だが、この剣ならば……!)

 今度は、大きな回避行動は取らなかった。左に一歩だけ寄りつつ、斧を握る手首の周辺を狙って逆袈裟に斬り上げる。斧と、それを握るオークの前腕が一緒に何処かへ飛んでいく。まるで斧ごと投げるつもりだったように。

「さんっ!」

 斬り上げから流れるように、オークの左肩からの袈裟斬り、そして胴を撫で斬りして倒す。

(残りは……四体か。長物をもったオークが一体だけなのが救いだ)

 多分、そのオークが群れの長なのだろう。柄が木製の槍は、力任せに武器を振るう傾向がある彼らにとっては、消耗品に近いのだろう。群れの長がそれを独占して使っているようで、そのことからあまり極端なリーチ差がないことが幸いしている。


 このままなら、アストラに頼らずともオークの全てを倒せるかも……

 そう思った瞬間、周囲が白い輝きで満たされていた


(なん……いや、これはアストラの……)

「私は、どんな失敗をしたんだ?」

 これはアストラの結界だ。時間と空間を現実世界と一時的に切り離せるとか、そういった説明をされた。あまり理解は出来なかったが、ともかくこの状態を長時間維持することは不可能な上に、連続で使用も出来ない。ただ、その分中にいられる間は安全らしい。

 軽々しく使えるものではない。ここに連れて来られたということは、アストラが危険だと判断したということだ。

「いいえ。本格的な戦いは始めてなことを考慮すると、むしろ十二分の戦果よ。落ち着いて実力を発揮できているだけで、むしろ賞賛に値するわ。始めてだと戸惑って、普段の実力を発揮出来ない子の方がずっと多いから」

 ミコトは怪訝な表情になる。ただ褒めるだけなら、ここにわざわざ連れてくるほどのことではない。

「別に動いていた連中がいたのよ。今合流しようと向かってきてる。元々、ある程度ミコトちゃんに実戦を経験して貰ってから、つもりだったのだけれど……この状況ではいずれ詰む。わ」

「最初から、私が危なくなると思ってたってこと?」

 ミコトは若干ショックを受けたが、アストラはむしろ微笑を浮かべた。

「でもミコトちゃん、自分だけで全滅させられるなんて、最初は思ってもいなかったでしょ? 危なくなったら私がいると思って、自身の実力を冷静に分析しようとしてたのよね? それが、いい結果に繋がったんだろうけど」

 それを言われると、返す言葉がない。確かに心の何処かで、本当に危なくなればアストラが助けてくれると思っていた。だから、自分の今の実力を把握することに集中して、至極冷静に戦えていたのだ。

「まあ、今回は総合すれば上出来よ。ただ、これ以上はジリ貧だし。となれば、『偉大なる救世主にして偉大な剣グラン・セイバー』の真の力を試して貰いたくもある。

 グラン・セイバー。救世の剣がそうも呼ばれているのは、『偉大なる救世主』と『偉大な剣』のダブルミーニングなのだと、アストラは笑って話していた。もっとも、それを思いついたのは歴代の剣の所有者の一人であって、アストラはそれを面白がって語り継いだだけなのだが。

 ただ、そのダブルミーニングに相応しいだけの能力が、この剣とアストラにはあるのだ。ただ、それには所有者の協力が必要らしい。妙な話だと思うが、女神だからとて、無制限で力をふるうことは許されない約定があるのだと、

アストラはそう語ってもいた。

「あれ……いや、でも私は力の解放の仕方を知らないぞ?」

「あ、ごめーん。教えてなかった。まあ、とっても簡単よ。私とキスするだけ」

「ああ、またこのパターンか……」

 この女神、もしかしなくても好みの娘とキスしたいだけなんじゃなかろうか……

 そういった疑問も湧いたが、所有者とアストラの双方が合意したことの証明、と考えれば妥当なことなのかもしれない。アストラとて約定があるのだから、所有者の側にも好き放題に力を振るわれては困るのだろう。

(それでも、キスを選ぶ辺りはどうかと思うけどね)

 だが、いい加減ミコトはそのことは諦めた。そういう女神様なのだと。

「わかったよ、キスすれば良いんでしょ?」

「ああん。ミコトちゃん、恥じらいもロマンもムードもない態度だこと」

 そう言いながらも、アストラはとても嬉しそうに顔を寄せてくる。本当に女好きなのだな、と思わずにはいられない。

「ミコトちゃん、大好きよ」

 そう言われても、ミコトは自分がアストラのことをどう思っているのか分からない。嫌いではないと思う。かといって、手放しで好きかと聞かれると戸惑ってしまう。

 ただ、キスすることそのものには、不思議と戸惑いや嫌悪はない。

(アストラは……私の何がそんなに好きなんだろう……)

 そう思いながら、アストラと唇を重ねる。アストラがただ唇を重ねるだけに飽き足らずに、舌を入れて濃厚な口づけを交わしたがるのを、ただ受け入れる。

 二人の唾液が混ざり合う淫靡な音も、舌が絡み合って生まれる不規則な快感も。その全てを甘受する。女同士でのキスという背徳感も、今は快楽に押し流されて、頭から消えている。


 そうして、『救世の剣』グラン・セイバーの真の姿が今開放されようとしていた。

 それを知るのは、今はミコトとアストラの二人だけだ。

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