第3話 夜は乗馬訓練
女神アストラによって、日が落ちる前に型稽古は一旦お開きとなった。
彼女によれば、型稽古とは単に技量を磨くために行うわけではなく、戦うために必要な場所の筋肉を鍛える意味もあるらしい。筋肉を効率よく鍛えるには、身体を休める時間も必要だと言われた。
大体、疲労で型の通りに剣を振れないほど披露しては、かえって変な癖がつきかねない。きちんと身体の調子を把握し、休憩することも鍛錬には必要だと。
そこまでの前口上は全く異論が無かった。
「では、これから夜の乗馬訓練を始めます」
「なにそれ?」
「エロい意味を想像したなら……その通りのことをしてくれていいんですよ?」
アストラは頬を染めながらそんなことを口走ったが、ミコトは流石にアストラの意図的に意表を突こうとする言動には慣れてきていた。黙って続きを促す。
「うう……ミコトちゃんってば、ノリが悪いんだから。でも、そんな所もすきよ?」
「そう言われてもね……裏があるのが分かりきっているし、どう反応したらいいかも分からないし」
「はあ……いや、でも真面目な話ミコトちゃんは馬に乗ったことある?」
「貴族でもなければ、馬の飼育販売を
昔ほどではないだろうが、それでも未だに馬は非常に高価で貴重だ。流石に貴族の娯楽を兼ねた訓練や、戦争目的で馬を利用する機会以外はないような時代ではなくなったが、普段から乗馬の訓練が出来るような人間は、未だに一部の金持ちのみだ。
それ以外の者も、馬の利用は大抵荷馬車に乗って移動することなどで、直接馬に乗る機会はほぼない。
「そう! でも、乗馬訓練はいずれ必要になるのよ、剣の真の力を解放したいのならね」
なんでだ? と思ったが、ふと先人たちから情報を受け継いだことを思い出した。とはいえ、おそらくはアストラの側が見て記録していたものなのだろう。所有者そのものの感情などは、その受け継いだ情報には入っていなかったが、それなら納得がいく。
ともかく、その戦闘に関する情報の中には、明らかに徒歩で戦うことを想定していない型がある。外で型稽古していたときは、何を想定しての物か分からなかったため、手をつけていなかったが……
「まさか、あの類……騎乗した場合を想定しての型だったのか!?」
「ふふ……果たして乗りこなせるかしら……真の姿と力を開放した私を」
「だから、なんでわざわざ意味深に聞こえるように言うんだ」
「だって、ウブな娘だとそれが楽しくて仕方がないんだもの……ミコトちゃんは、見た目は純情そうなのに意外と反応が鈍いけど」
そういいながらも、アストラは手を差し出してきた。
「まあ、私も真の姿を解放するのは消耗が激しくてそうそう出来ないし、この村で騎乗訓練するのは目立ちすぎるしね。だから、今は精神だけの世界で練習してちょうだい。さ、私の手を取って」
「手に触れるだけで良いのか?」
「もっと、私がドキドキするような触れ方をしたいの?」
「なんでだよ……いや、前と違ってキスはしなくて良いのかなって……」
その言葉に、アストラはからかうような笑みを浮かべる。
「キス……そんなに気持ちよかった?」
「バカ言ってると、殴るぞ」
「ハードなSMプレイは、あんまり好みじゃないの」
あくまでもアストラは、下世話なネタを言葉にしたいらしい。言葉だけだと、女神の威厳はほとんどない。
そのことには呆れていたが、いい加減ことを進めるべきだ。アストラの真の姿とやらも気になるし、騎乗した状態が剣の真の力を引き出すのに必要だというのなら、型などの訓練方法も練り直す必要があるだろう。
アストラの差し出した手に、ミコトの手が重なる。
「それじゃ、頑張ってね」
今日の訓練はもう終わりにしましょう。アストラにそう言われるまでの間、ミコトは必死にアストラの真の姿に乗った状態を維持しようとして、あっさりと振り落とされる状態が続いていた。
精神だけの空間で練習していただけあって、落ちても痛みはなかった。代わりに、不快な痺れるような違和感はあったが、それがないと自分がどう落ちたか分からないだろうと言われて、それには納得する他なかった。
とはいえ、正直なところ今はどう落ちたのか把握して改善に役立てる、などと言えるような状態ではなかった。もしこれが現実だったなら、怪我程度ですんだかも分からない。
「まあ、最初は大方こんなものよ。それに、単に乗れれば良いってものでも無いわね。それじゃ私しか戦えないし」
「……」
アストラは
救いは、アストラの真の姿が意外と小柄だったことか。女神なだけあって、野暮ったい姿や厳つい姿は想像していなかったが、もっと荘厳で巨大な姿を想像していた。
実際には、流麗でありながら慎ましやかで、気高さを感じさせた。頭部にある角には、敵対する全てを
「今日は疲れたでしょう? 一緒に水浴びする? 口移しする? それとも愛の営み?」
「水浴びは明日にするし、食事は自分でするし、ベッドはそもそも別々にあるあから」
「なんで!? これからがお楽しみの時間じゃないの!?」
「疲労感で、何も楽しめそうな余裕がもうない」
「……むう」
ミコトの顔色からして、冗談で言っているわけではないと悟ったらしい。冗談に付き合う余力もないようなので、アストラもこの日はそれ以上はあまり無駄口を叩くことはなかった。
ミコトのシグムント村での修行は、大体このように昼間は型稽古、夜は精神世界での訓練、という形式で行われた。
その修行期間は、一年を僅かながら超えていた。アストラからシグムント村を出立し、各地を巡ることを提案されたのはその頃だ。
それでもようやく、相手を選べば実戦を行えるだろう、と言われた程度の練度ではあったが。
とはいえ、実のところアストラはもっと時間がかかると思っていたらしい。どうやらミコトは特別な才能はないが、割りと器用で飲み込み自体もそれなりに早いらしい。
強いて言うなら、ミコトの長所はそれとあと一つ。
「血の導きかしら……正直練度はまだこれからってところだけれど、遠い東洋の島国の剣と技の適性が高かったなんてね……この辺りではまだまだ珍しい代物だから、それだけで十分虚をつける。明確な長所よ」
「私も、自分にあった型を選んでいったら偶然今の戦闘スタイルになったわけだから……血の導きか……あるのかもしれないな」
そうして、彼女たちはシグムント村を後にする。村の皆からはいつでも帰って構わない、家は手入れはともかく土地は絶対に残しておくと言われた。
だが、なんとなくミコトはもうこの村には、生きた状態で帰ることはない。そういう予感がしていた。
取り敢えず、最初は資金調達と実戦経験の積み重ねも兼ねて、魔物専門のバウンティーハンターとして生計を立てることにした。
村にいる間は、剣の主として周りの住人が好意から生活の手助けをしてくれていたが、これからは旅費や食費は自分で稼がなくてはならない。
近辺の村で、自警団がオークの群れに襲われたという話を聞きつけたのは、ちょうどその頃だった。オーク単体の戦闘力は決して高くはないから、最初の実戦にはちょうどいいだろう。
そう相談した上で、ミコトとアストラは旅立ったのだった。
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