エピローグ
記憶素子は3センチ辺の銀色の立方体だった。
銀砂の中に半分埋もれていたそれに、メルクリウスのすべてが詰まっている。
「さっきの話、あたし、よくわからなかったんだけど」
陽の落ちたグラウンドに出ると、葉月が口を開いた。
「タイミングがどうとか、今のところは――とか、将来どうにかできるみたいな話って、結局、どういう意味なの?」
「眠り姫の目覚めを未来のテクノロジーに託す、ということさ」
長谷川が言う。
文哉と葉月は、うわぁ、という顔になる。
「なんだいその反応は」
「先生、そんなキザなこと言ってるから結婚できないんですよ」
「え……、こういうのって、女子から見てダメな感じ?」
「ちょっとキツイです」
「そう……」
すっかり落胆した長谷川を放置して、文哉は説明する。
「こいつにはメルクリウスのデータが入ってる。だけど、密度が高すぎて読み取ることができない。レコード針じゃブルーレイディスクを再生できないだろ。情報圧縮技術その他もろもろのレベルが違いすぎるんだよ」
「あ、だから、今は無理だけどこの先いつか、みたいなニュアンスだったのね」
現在の医療技術では治療が難しい患者にコールドスリープを施し、将来の先進医療に回復の望みを託す、というケースに近い。
「データの復元だけじゃないぞ。むしろその先の方が大変だ。メルクリウスのAIを動かせるくらい高性能の
「水銀みたいな
うねうねって……、と苦笑する文哉。
答えたのは長谷川だった。ショックから立ち直ったのだろうか。
「おそらく、それが技術的に最も困難だろうね。プロセッサやメモリは目処がつくかもしれないけれど、ナノチップの変幻自在さを再現する技術というのは、ちょっと想像がつかないな」
「そうなんですか」
「でも、ここに
「文やんが自力でってこと? ……あ、そっか。そういう系の学部だったっけ」
「全部を1人でやるのは無理だけど、まあ、まずはデータ復元からだな」
在学中にそれができるなどとは、無論、思ってはない。
だが、確かな目的ができた分、勉学に対する意識が強くなったのは確かだった。
ふと思う。
桜河葉月はどうなのだろう。
「……葉月は? 何かある?」
「えっ、あ、あたし? 理数系はあんまり……、その、隣で支える、とか」
「よく聞こえなかったけど……」
「あああ今のなし! 忘れて!」
葉月は照れ隠しなのか、文哉の手の中の
そして夜空に掲げた。
一辺がキラリと光った。
光源と視覚の位置関係が見せた
その光に向かって前へ進もう。
情熱とタイミングの交差点で待っている、メルクリウスに会いに行こう。
夏のメルクリウス 水月康介 @whitewood
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます