第25話 エピローグ
戦いの後、魔王は王城の兵たちに連行されていった。何度か城に会いに行ったのだが面会はすべて断られた。
ただその度に差し入れをしていたスタウトの瓶が、すべて空になって帰ってきていた。だから俺はその差し入れに一枚のメモを忍ばせた。そこには魔王のために俺が考えた名前が書いてあった。
「テスタ」
それが魔王に贈った名前だ。あの戦いのとき、アイツが飲んだビール(ラテ・スタウト)から取った。そして「試す者(テスター)」という想いも込めた。これから生きるこの世界の、あらゆる楽しみを試して欲しかったからだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あの広場での戦いから3か月が経った。
俺はノックスの街を一望できる高台の丘の上にいた。ここからは城をはじめ、毎日忙しなく人々が生活を営む広場や商店街がよく見える。丘には青々とした草が一面に群生している。
俺は草の上にどかっと座り、気持ちよく吹き流れる風を楽しむ。風が流れる度に草が波打ち、見ていてとても気持ちがいい。ここは俺がたまに街の景色を眺めながらビールで
「やっぱりここはいい眺めだなあ、テスタ」
その問いに答えは返ってこないが、構わず俺は話を続ける。
「俺たちがあんなに壊した広場が3か月でもう元通りだ。すごいよなあ、人間のエネルギーってさ」
そんな呟きにも、答えはない。
「あの時、お前が殺してしまったディムって奴がいただろ? あいつ、この前ついにジェーンに結婚を申し込んだんだよ。半年後には挙式だ。これからは夫婦二人三脚で質屋を再建するんだと。きっとうまくいくと思わないか?」
俺はすぐ隣の石板に語り掛ける。地面からほんの少し出っ張った形の、30センチ四方の小さな墓。
そこにはテスタという文字だけが刻まれている。
そう、魔王ことテスタはもうこの世にはいない。
王城内の地下牢で、一部の兵士たちによって
後日、その一部の兵士たちに国の重臣から秘密裏に賄賂が渡されていたことが分かった。獄中の魔王を始末しろ、という命令が下されていたらしい。羽振りの良くなった兵士が、酒場で仲間と自慢気に話していたことから発覚した。
兵士たちはもちろんのこと、その重臣も責を問われ職を追われることになった。その後の彼らの行方は誰も知らない。
「世の中、上手くいかないよな……。ちぐはぐでさ、本当に生きにくいと思う時があるよ。これじゃあお前に生きろって言った俺は、一体なんて詫びたらいいんだ?」
石板はもちろん何も語りはしない。恨み言も慰めの言葉も掛けてはくれない。
3週間のビールだけが、テスタが味わった楽しみの全てになってしまった。アイツにはこれからたくさんの楽しみが待っていたはずだ。ビールだけじゃない、もしかしたら好きな女ができたかもしれない。家庭を持つ喜びを、親になることを心から喜ぶ日が来たのかもしれない。
だが、その可能性はすべて無くなってしまった。それが死というものだ。アイツが3か月前まで振りまいてきた罪そのものだ。
それでも俺には、その罪に対する罰がこんな形でよかったのかは分からない。きっと答えが出るのはまだまだずっと先のことだろう。
だからそれまでは、お前のことを忘れたりしないようにしようと思う。
「ビール、置いておくな。なに、引き出物だ。気にするな」
俺は石板に刻まれたテスタの名に並べるように、瓶を1本置いた。もちろん中身はラテ・スタウト。薫り高い苦みの中に、ほんの少しの甘みが隠されている、お前が心奪われた味だ。
「リーオーン!早く、みんな待ってるよ!主役の片方が不在じゃ私も困るってば!」
遠くからアンジュの呼ぶ声が聞こえる。さて、それじゃ花嫁衣裳でも拝みに行きますか。馬子にも衣裳でなければいいが。
まあ大丈夫か、きっと美しいに決まってる。なんせ500年かけて俺が見初めた相棒だ。
「……お前もそう思うだろ?」
俺は立ち上がり、白いタキシードをはたいて草と土ぼこりを払う。
石板に背を向けて歩き出す。
この道の先には新しい日々が待っている。それでも、今までの日々が忘れられることはない。すべては繋がっている。だからきっと、俺たちはまた会えるさ。
強い一陣の風が吹き、木々が揺れる。折り重なる葉の隙間から太陽の光が差し込む。
(お幸せに)
風の合間、そんな声が聞こえた気がした。
とても穏やかな声だったと思う。
~Fin~
500年目のメンター冒険者 ハヤブサ@のんびり @hayabusastone
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