奇談の会

末千屋 コイメ

第一章


「不思議なお話というものでしょうか。それなら、私も仲間に入れてくれませんか?」 

 陽が傾いた頃だったか、五人の男女で怪談や奇怪な話を次々と話していると、通りすがりの女が話しかけてきた。僕とその場に居合わせた友人たちは特に何も思わず、その女の話を聞こうと思った。と、言うのも女の姿そのものが奇怪であったのだ。まるで西洋画から抜け出してきたかのような器量をしていたし、髪も夕焼けを切り取って貼り付けてきたかのように鮮やかな色であった。吊り上がり気味の大きな瞳は紅く燃え、強い意志を宿しており、まだ女のことをよく知らないというのに、気の強さを感じさせた。「きっと何かアニメのコスプレをしているのだろう」と友人の一人は僕に耳打ちをした。若草色をした着物は短く、そこから生える脚には、艶めかしい靴下留めが着いている。女は椅子に座り、脚を組んだ。そして、ゆっくりと語り始めた。


 まず、私のことから話をしておきましょう。信じるか信じないかは貴方達の判断にお任せしましょう。私の名はと申します。私は人間の姿をしておりますが、人間ではありません。斯様な下等生物と一緒にされたくはありません。私は精霊です。夕焼けの精霊。神霊の一種です。

 私が今から話すことは、この世とは異なる世界。私の住処。夕焼けの里のお話です。ここまでで私に興味が無くなったのであれば、どうぞご退席ください。と言いましても私が勝手に貴方達の卓にお邪魔しているのですから、私が立ち去ろうではありませんか。さあ、私の話を続けて聞く覚悟はございますか?


 僕たちは互いに顔を見合わせて軽く頷きあった。それは意思の再確認であった。この奇妙な女の話を聞くのかどうか。答えは明白であった。誰もがこの女――こやけの話を聞こうと思った。僕はこやけの顔を見ると、軽く頷いた。こやけは薄く笑うと可憐な唇を開き、声を発した。


 どうやら皆様は私の話を聞きたいと思っていらっしゃいますね。それでは、私は皆様を目眩く優しい悪夢の世界へと誘いましょう。この話を最後まで聞かない方が良かったと思われないように精一杯努力致しましょう。

 私には主人がおります。人間で言う配偶者という意味の主人ではなく、仕えている人という意味の主人です。私の主人は、とても可哀想な方で、日中太陽が燦々と照り付けている間は外出できないのです。主人の表皮は紫外線に弱く、すぐに赤く焼け爛れてしまいます故。厳密に言うと、強力な日焼け止めを塗り、日傘をさせば外出できるのですが、外に用事が無い時は自室にこもっております。

 この引きこもりの主人。名を、景壱けいいちと申します。ご存じの方も極稀にいらっしゃるのですが、彼は雨の眷属なのです。雨の眷属がどういうものかと言いますと、そうですね。『自分の意思で好きな時に雨を降らせることができる族』と言えばわかりやすいですかね。さて、一応景壱君の容姿についても皆様にお話ししておく必要があるでしょうか。ああ、ありそうですね。こちらのお嬢さんは興味がお有りと見受けられました。私の拙い表現では彼の容姿を説明することはとても難しいのです。ですので、こちらのスマートフォンをご覧ください。こちらは、私が彼から貰いうけたもの。連絡手段であり、私を縛り付ける道具の一つでございます。


 こやけはスマートフォンを袂から出すと、画像を表示して僕に渡した。僕が彼女から最も近い位置にいるからであろう。液晶画面には、僕に詩人の才能があれば難なく彼の容姿を表現することができるのだが、どうも僕には才能が無い。こやけが「興味がお有りと見受けられました」と言った友人にスマートフォンを渡す。友人は大きな目を更に大きく見開いた。そして一言。「可愛らしい方なのですね」と声を発した。

 友人の言葉に、こやけはクスクスと笑う。何か彼女を笑わせるような可笑しいことがあったのだろうか。それは誰にもわからないままであった。スマートフォンを返すと、彼女は袂に戻した。


 私の主人の容姿は皆様が先程見て、思ったようなものでございます。人間の感性で言うところの「可愛い」に当て嵌まるのでしょう。私には興味が無いのでわかりません。彼の容姿がどのようなものであっても、彼が私の主人であるということに変わりないのですから。

 さて、話を始めましょう。私は景壱君とミセを営んでおります。店名は、呪願怨室本舗じゅがんおんしつほんぽ。何のミセかというと、そうですね。万事屋と言ったところでしょうか。依頼者の願いを叶えるのが我々の仕事です。今まで叶えてきた願いの殆どが復讐。人間という生き物は厄介なもので、法に縛られ、動けなくされている。そこで、我々のような法に縛られないモノが動くというものです。何をしているのかと聞かれますとお答えに困りますが、手っ取り早く言ってしまえば、それはそう、人殺し、ですかね。そう怖がる必要はありません。私は無差別に殺しを行うつもりで来たのではありません。ここへ来たのは偶然。いいえ、必然ですね。皆様の中のどなたかが、私の存在を強く望んでいらっしゃったのです。さあ、どなたですか。私を呼び、私に人殺しを頼みたいとおっしゃる方はどちらにいらっしゃいますか。そして、この中で殺したい相手はどなたですか。


「サア、サア」

 とこやけは毒を含んだ笑顔で囃し立てる。ざわつく僕たちの卓。そして、友人の一人がゆっくりと立ち上がった。初めに彼女を「アニメのコスプレをしているのだろう」と言った友人だ。

「馬鹿馬鹿しい。俺はもう帰らせてもらうぞ」

「あらあら。もうお帰りになられるのですか。黄昏時の一人帰りは危険ですよ」

「お前のような得体の知れない女の話を聞いているほうが危険だ」

「ふふふ。そうですか。それならお気をつけてお帰りください。くれぐれも、通り雨にはご注意を」

 友人が何故あのように不機嫌になって帰っていってしまったのか、僕にはわからない。こやけが何故通り雨の心配をしたかもわからなかった。僕が聞いた天気予報では、降水確率は0パーセントであったからだ。空は茜色に焼け落ちていてそろそろ夜がおりてくる。薄暗くなってきた店内に幻想的な蝋燭が灯されたのは、ちょうどその時であった。

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