第五章
花田は泣いていた。花田は名前負けをしている自分の容貌を憎んでいた。柘榴が爆ぜたようなニキビで覆われた赤黒い顔。脂ぎった身体。他人には恐ろしく感じられる体臭。自分自身を憎んでいた。僕もできれば彼女に関わりたくはなかった。だが、彼女が『奇談の会』に参加すると聞いた時、彼女が何を話すのかが気になってしまった。僕は勝手に彼女もアヤカシの類ではないかと考えていた。だが、それも違ったようである。彼女は、花田は、今、こやけの目の前で無様な姿で泣いていた。店員もいつしか姿を消したこの店で何が行われるのか、僕たち以外に知る由は無いだろう。僕はこれから何が行われるのか楽しみでしかなかった。それがまあ、どんなに陶酔的な楽しみを持つか、僕にしかわからないだろう。やがて、落ち着いた花田はやっとの思いで口を開いた。
「私を、美女に変えて」
「そんなことが貴女の願いですか?」
「え」
「ええ。ええ。依頼主様の依頼でしたら、私たちは全力で叶えて差し上げましょう。しかしながら、貴女の醜悪な外見を変えるだけでは、私としては面白みに欠けます。確かに私は例として貴女の醜悪な外見を変えることを挙げました。ですが、それは一つの例。貴女が本当に叶えるべき願いではないでしょう。私の退屈をしのげるような依頼を期待していますよ。さァ、もう一度
こやけは再度花田に問う。花田は目を丸くギラギラさせて、立ち上がった。
「ここにいる私のことを『醜い』と
「よくぞ言ってくださいました。私は花田さんの願いを
花田の目は白目勝ちにドロンとした狂人らしい眼で、僕たちの顔を一人一人見廻すのであった。
スパンッ……という鉄が風を裂く音と、キャッとたまげる高雄の叫びと、それがほとんど同時であった。
むろん僕たちは、一斉に席から立ち上がった。しかし、誰ひとりこの場から逃げ出すものはいなかった。薄気味悪くチロチロと瞬く蝋燭の炎に照らし出された首の無い女の死体。タラリタラリと、真っ赤な血が、床を汚していくだけであった。
「
こやけは、ハンカチで顔についた血を拭うと微笑んでみせた。それは人を殺したとは到底思えないほどに整った美しい笑顔であった。それは時計の目盛からいえば、ほんの僅かな時間だったかもしれない。けれども、少なくともその時の僕たちには、僕たちがそうして何もしないで立っているあいだが非常に長いように思われた。
「ところで、田中さんはいつまでお手洗いに行っているのでしょうかねェ。どなたか様子を見に行って差し上げたら如何でしょうか。と、言いましても、高雄さんと千林さんのどちらか、いえ、ここは千林さんしか見に行くことはできませんね。田中さんは男性ですもの。ええ。そうですね。千林さん。田中さんの様子を見てきては如何でしょうか」
こやけは僕の前に立つと微笑む。確かに田中がどうなったか気になっていた。だが、この場に高雄を一人にするというのもどうだろうか。僕は考える。僕は正義感が強い人間でもない。この『奇談の会』に誘われたのも、その筋の人間たちの話を聞くためであったし、こうして夕焼けの精霊にも会えたのだからもう帰ってしまっても良いくらいだ。だが、簡単に帰すということをこやけはしてくれるだろうか。答えは否だ。彼女に慈悲など無い。花田は無残な死体となったではないか。
「花田は何故このような姿になったのでしょうか?」
「彼女の願いは、『ここにいる私のことを『醜い』と
「彼女自身も
「そういったところです。さて、田中さんの様子を見に行かないのですか? それならそれで私は良いのです。そして、依頼も無いのでしょうか。私をこれ以上退屈させないでください。私は気が長いほうではないのですよ」
グリーンティの最後の一滴を飲み下すと、こやけは椅子に座った。彼女の椅子の足元には、花田の首が転がっていた。
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