第四章
私のミセについて、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、今一度説明しておきましょう。当店では、皆様の様々な願いを叶えております。依頼内容の殆どが復讐。そして、人殺しの件数が多いです。殺しの方法にも色々とありまして、絞首。これは首を絞めるといったごく簡単な方法ですね。しかしながら、これは後が汚いのであまり好ましくありません。死体が美しくないことは嫌いです。
次に銃殺。私は飛び道具を所持していないのですが、私の主人――景壱君が得意とする方法です。彼は「銃なら人を殺す感覚が無いから良い」と言っておりました。ですが、人を傷つける感覚を好む私としては、あまり好ましくありません。
次に、呪殺。こちらも人を直接傷つけるものではありません。遠隔から不幸を呼び寄せるものと言ったところでしょうか。私も呪殺をすることはできますが、専門家がいるので、呪殺を望む場合はそちらにお願いしています。そういえば、従業員の紹介をしておりませんでしたね。依頼主が名乗り出てくれませんし、どなたかわからないのでは、依頼をお受けすることもできません。私としてはさっさと名乗り出て欲しいところなのですが、もしかして殺し方に迷っていらっしゃるのでしょうか。それならば、うちの従業員について説明しておきましょう。
拝み屋というものをご存じでしょうか。昨今の流行に合わせて言うと、陰陽師、のほうがしっくりするでしょうか。当店には陰陽師がおります。これがまた癖が強くて面倒な人間、いえ、人間なのでしょうか彼は。ああ、今の発言は忘れてください。その陰陽師が呪殺を得意としております。彼の容姿については、ああ、そちらのお嬢さんは興味があるようですね。それでは、こちらをご覧ください。
こやけは先ほどのようにスマートフォンを取り出して、僕に渡した。が、すぐに隣にいた友人に奪われた。僕はまだ画面をはっきりと見ていないのだが。隣にいた友人。名を高雄という。この『奇談の会』の貴重な女性メンバーである。女性メンバーはもう一人いるが、花田はあまり興味を示していないようであった。高雄は液晶画面に釘付けになっていた。何が彼女の心を掴んでいるのか画面を確認できていない僕にはさっぱりわからないことであった。夕焼けの里の存在も、夕焼けの精霊の存在も知っていたが、ミセの従業員までは把握していない僕には、陰陽師がどのような容姿をしているのかはさっぱりわからない。高尾がやっとスマートフォンを離したので、僕は他の友人と共に液晶画面を覗き込む。京紫色の着物をゆったりと着た人物。何とも形容しがたい妖艶さを纏っている。鼻梁の通った顔には似合わない病的な眼帯をしている。色香に惑わされた者の数を知りたいほどである。
「この人は、男性ですよ」
と、こやけが付け足した。グリーンティを飲み下してニコリと笑う。なるほど。隣を見ると田中が目を丸くしていた。女だと思ったのであろう。僕は正直、どちらかわからなかった。スマートフォンをこやけに返して、ついでに通りかかった店員にポテトチップスを頼んだ。長居しているのだから何かを注文しておいたほうが良いと思ったのだ。幸いにも、僕たち以外に客はいないようだ。いや、いなくなってしまったのかもしれない。この夕焼けの精霊が店に現れた時から、店内は嫌にしんと静まりかえっていた。もしかすると、この店自体が既にこの世から離れているのではないだろうか。僕は考えた末に、一つの質問をこやけにぶつけることにした。彼女が話してくれるかはわからない。だが、聞いてみて悪い事でもないだろう。これは一種の賭けであった。
「一つ、良いですか」
「はい」
「貴女に依頼するとなると、報酬は何になるのでしょう。お金?それとも、僕自身の命?」
僕の発言に、こやけはニヤリと笑った。毒を含んだ笑みは美しくもあり、気味が悪いものであった。なんとも得体のしれない気味の悪さに首筋の辺がゾクゾクとして、ふと耳を澄ますと蝉の鳴き声が、死者が泣き叫んでいるかのようにさえ感じられた。
「何かを得るためには、他の何かを失う覚悟が必要です。
僕はブルッと身震いをした。しかし、何がそうさせたか僕自身もわからなかった。友人たちの視線が僕へ向かっているのは明白であった。疑いの目。これから殺しの依頼をするでもない僕に向けられた瞳。こやけの次の言葉を遮ったのは、席を立つ音であった。田中が震えながら席を立った。
「ちょっ、ちょっと、おれは手洗いに」
怯えた瞳は小動物のようであった。そんなに怯えるならば、この『奇談の会』に参加しなければ良かったというのに。彼の何がここへ彼を連れて来たのだろうか。不思議でなかった。田中の背を見送ると、こやけはクスクスと悪戯っぽく笑っていた。何か可笑しいところがあったのだろうか。人間ではない彼女の笑いのツボは推察できない。
「彼。田中さんとおっしゃるのでしょう? ちゃんとこちら側に戻ってくることができるでしょうかねェ。蝙蝠の餌にならなければ良いのですが」
僕たちは一人として名乗ってなどいなかった。こやけが何故彼の名前を知っているかが不気味で仕方が無かった。どこかに名前を記しているだろうか。田中の置いていった鞄を見やるが、どこにも名は記されていない。
「依頼報酬については、依頼内容により異なります。もしも貴方が――千林さんが依頼されるとしたら、その代償は、貴方の光となります」
「光?」
「ええ。これが何を示しているかは、ご自身でよく考えたうえで、私達にご依頼ください」
「あの」
「はい」
「どうして私たちの名前を知っているのですか?」
「ああ。種明かしが必要ですか。花田さん。しかしながら、それを知ってしまっては面白味がなくなります。まずは貴女の願いをお聞かせください。依頼主が出てきてくれないので、私は暇で仕方ありません。退屈なのです。この退屈しのぎに、貴女の願いを
こやけは花をも手折らないと見せかけた笑顔で花田に問う。席を立ち、顔を近付け、問う。突然のことに花田は困惑している様子だった。無償で、願いを叶えてくれるというのだ。こんなにうまい話は無い。
「例えば、貴女の醜悪な外見を変えることも可能です。そんな醜い容貌を持ちながらにして、心の中に世にも
こやけの言葉に花田は打ち震えていた。今にも飛びかかっていきそうであった。確かに彼女の容貌は醜い。とても世間では受け入れ難いものであった。異様に細い目ときめの細かい固い二重顎。花田のことを美しいと賛美する者がいたとしたら、その者は気が狂ってしまっているのだ。
「醜悪な見た目のわりに、お名前は綺麗なのですね。花田麗姫さん。これぞ、名前負けの代表格ですね。うふふ」
笑い声をあげるこやけに、ついに花田が掴み掛った。この時を待っていたと言わんばかりに、こやけは彼女の腕を掴み、捩じりあげる。細腕のどこにそんな力があるのかわからないが、花田は床へと体を転がせた。尚もこやけは笑顔を絶やさずに花田の顔の前に自分の顔を突き合わすとこう言った。
「さァ、貴女の願いを叶えて差し上げましょう」
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