第九章

「どうして貴方があの場に来たのですか? さっぱり意味がわかりません。きちんと訳を説明してください。でないと、首を刎ね飛ばします。ぶっ飛ばします。これでもかというくらいに。さよなら満塁ホームランのように場外へ一直線です」

 私の言葉を聞いているのか聞いていないのか。景壱君は液晶画面を見つめています。液晶画面には、あの店のあの席が映っていました。血だまりも、首も、きれいサッパリと姿はありません。後片付けは迅速に私の使い魔の鴉達が行いました。

「こやけ――」

「私のことを聞く前に、何故あの場に来たのか答えてください。それと、きちんと録画してくれたのでしょうね。私は毎週あれを楽しみにしているのですよ。今回は映画の告知もあったに違いありません。前売り券も特典付きのものをきちんと押さえてくれているでしょうね。ホラホラ、さっさと訳を話すのです。おまけに抹茶プリンを三ダース寄越すのです」

「はぁ」

「溜息なんて吐いてないで答えてください。幸せが逃げますよ」

「まず、録画はちゃんとしてある。映画館で前売り券も買って来た。きちんと特典のメダルとカードも確認した。それで、俺があの場に行ったのは――」

「抹茶プリンはまだですか」

「最後まで話を聞いて」

「嫌です」

「こやけ」

「わかりました。静かにしています」

 景壱君は古びた肘掛椅子をギイィと回転させ、私を見ました。凍てつくような碧い瞳に見つめられます。こういう時の彼には素直に従っておくほうが得策です。景壱君は言いました。

「あの場に行ったのは、こやけを傷つける者がいたから」

 と。いつもより具合が悪そうに言いました。長袖のシャツから少しだけ見える肌が赤く爛れているようにも見えました。遮光カーテンで光を完全に遮断した部屋にひきこもっている彼が、陽の出ているうちに外に出るなんて想像もできません。いえ、映画の前売り券を買いに行ってくれていますけれど、それならば陽に当たるようなへまをしないでしょう。デスクトップパソコンの横に置かれた強力な日焼け止めも、朝以外に使用されたような跡がありません。

 では、彼は日焼け止めもせず、日傘もささずに外へ――?

「景壱君。前売り券を買った後、何処かへお出かけされていましたか?」

「こやけが、あの手紙を見て出て行ったすぐ後に、俺も手紙を読んで――それで」

「それは丁度、午後四時頃だったと記憶しております。あの時計の鳩が四回鳴いておりました」

 私は彼の背後にある古びた鳩時計を指差しました。彼がきちんと手入れをしているので今でもきっかり時間通りに鳴るのです。私が依頼人からの手紙を読んでミセを出た時に、あの鳩が四回鳴いておりました。結局、依頼人は誰だかわからないまま全員を葬ってしまったのですが、互いに互いを憎み、怨んで、殺したいと思っていたのなら、これで正解だったのでしょう。さて、ここで景壱君が、自身が紫外線に弱いことも知っているのに日焼け止めも塗らず、日傘も差さず、私を追おうとした理由は何だったのでしょうか。あまりよく見えてはいませんが、焼け爛れている範囲は広いように思えます。しかし、顔は焼け爛れていません。不思議ですね。

「そう。夕方やったし、陽も雲で遮られていたから、俺も少し油断していた。すぐに肌を刺す痛みで屋敷に戻ったけど」

「顔は何故焼け爛れてないのですか?」

「帽子だけは玄関にあって、被って行ったから」

「それで、何故私の後を追おうとしたのですか」

「こやけが一生懸命話しているのに、途中で帰るやつは許せない」

「それは、今求めている質問の答えではありません。私は何故手紙を読んで、すぐに追おうとしたのか聞いています」

「こやけはもう店に着いてしまったし、『奇談の会』に参加してしまった。夕焼けの里の情報を与えるのは、彼奴らを『餌』にするのに丁度良かった。依頼者があの場に存在しないことも俺は知っていた。だから、俺は最期まで見届けた」

「一人は通り雨に、一人は銃弾に、ウタれて死にましたけどね。それで、私の質問に対する回答は? それに、貴方は今『依頼者があの場に存在しないことを知っていた』と言いましたね」

「もう一度。この手紙を読んでみて」

「手紙ですか」

 景壱君は封書を私に手渡しました。手紙はごく短いものであったけれど、そこには、私を、ハッとさせるような奇妙な文字が記されていました。


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