スラムの街の交響曲 第三番「最初の仲間と旅立ち」 第三楽章

 日差しが差し込み朝だと日の光が主張し、ノクターンは静かに起床する。旅立ちの朝だ。朝食を頂いてから最終確認をして手紙を書き出す。宛名はメヌエット。別れることが分かってつらくなったのか昨日の夜から姿が見えない。本当は面と向かって言いたかったが手紙で気持ちを伝えることにした。


『ローブ製作を手伝ってくれてありがとう。私はもう出発してしまうが君のことは忘れないだろう。あの時君が私を助けてくれていなかったらあのまま私は死んでいた。そしてこの世界に私の秘密が眠っていることも知ることができなかっただろう。改めて礼を言わせてほしい。ありがとう。またこの街には必ず戻ってくる、再会することを楽しみにしているよ。』


 静かに彼女の机に手紙を置き、荷物を手にした。


「本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」

「こちらこそだよ。君が居なければ私たちも死んでいたのだから。しかしメヌエットはまだかね。別れに来ないとはあの子らしくない」

「別れがつらいのでしょう。私も彼女の姿を見たらとどまりたくなってしまうかもしれません」

「そりゃいいな!じゃあ急いで嬢ちゃん連れてくるか!」

「ははは、それじゃあ行ってきます」

「あぁ、いってらっしゃい」


 見送りに来てくれたダンテと消防団の皆と握手を交わしそして歩みを進める。そのとき


「まって!」


 ノクターンの耳に彼女の声が届き、振り向くと


「私も…私も連れて行って下さい!」


 彼女はノクターンが作っていたローブと同じような服を着て息を切らしそこに立っていた。


「そのローブ…どうしたんだ」

「昨日一晩で作りました。急いで作ったのでノクターンさんのよりは不格好ですが…」

「………でもどうして、君は父親を、ダンテさんの手伝いをしていたいといっていたじゃないか」

「貴方が来る前まではそうでした。このままこの街での日々が続けばいいと思っていました。でも貴方が来てから少し考え方が変わりました。自らの力で道を切り開いて前進しようとする貴方を見て停滞を選んでいた私も変わりたいと思いました」

「…そんなんじゃない、私はただ…知りたいだけなんだよ」

「それでもいいんです。自らの技術で、自分の力で進んでいく貴方をカッコイイと思ってしまいました!もし力不足ならばこれから足を引っ張らないように頑張ります!」

「…ダンテさん、貴方はいいのか?」

「あぁ、少しびっくりしたがメヌエットには元々広い世界を見てほしいと思ってはいたからね。メヌエットが決めたことなら大いに賛成したい。親の私が言うのも何だが娘には魔法の才能があると思っている。貴方の旅にお邪魔じゃなければお供させてあげてくれないかい?」


 少し考えた。これまでノクターンは一人で生きてきた。自分の仕事のせいで仲間には迷惑がかかると思っていたから。もちろん仕事が関係なくなったこの世界でもどんなことが待っているかわからない以上また迷惑をかけることになるかもしれない。でも、それ以上にこの子と旅をする未来を想像したら心臓が早鐘を打つかのように思いが広がった。


 ノクターンは少し間をおいてから口を開いて


「大事な物を用意し忘れていたな」

「え?」



「…長い旅には退屈しないように話し相手が必要だったようだ」

「それじゃあ!」

「あぁ、一緒に来てくれるか?」

「はい!」


「うんうん、よかった。娘のことをよろしくお願いします」

「はい、娘さんは私が守りますのでご安心を」

「ありがとうお父さん!しばらく留守にするけどよろしくね!」

「頑張ってくるんだよメヌエット」


 そういって街の皆が見えなくなるまで手を振ってお別れをした。歩いているメヌエットの目は少し涙がたまって潤んでいた。


「本当によかったのか?ここで涙が出ていては今後も泣きっぱなしになってしまうかもしれんぞ」

「なっ!…泣いてないです!大丈夫です!」

 そういってメヌエットは出来立てのローブで涙をぬぐった。

「意外と強いんだな、この先何があるか分からないぞ?そうだな…トイレが遠いとかな」

 ノクターンのからかいでメヌエットは敵の根城で失禁してしまった時の事を思い出して顔が真っ赤になってしまった。

「じょ…冗談はやめてくださいよ…」

「ははは、悪かった悪かった。あーメヌエットは」

「メヌでいいです。お父さんもそう呼んでいたので」

「そうか、じゃあメヌ。俺のことは…ノクスでいい、そう呼んでいた仲間がいたことがあったからな」

「わかりました!」




 あだ名も決まって軽快に歩を進めていく二人。この先どんなことが待ち受けているのか、どんな困難が立ちはだかるのか。二人の行き先はまだ誰も知らない。

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