霧散した舟歌 第一番「喋れないお喋り」第一楽章

 ノクス達はスラムを出発した後早くも難題にぶち当たっていた。実はスラムでは地図は調達できず次の街で購入することにしていたためとりあえずスラムを出た二人はこの旅で初めての街、海に面したなんとなく雰囲気が暗い港町に到着していた。スラムからここまではあまり遠くなく一日弱歩く程度ですぐについた。町についてから何とか地図は購入できたもののスラムを含めた現在いる場所が島国であることが判明、船を使用することが確定したのだ。


「船か…あまりいい思い出がないな」

「そうなんですか?」

「ああ、一度仕事が終わった後の何もない時に船で帰路についていたタイミングで運悪く乗っていた船がシージャックされて散々なことがあったからな」

「シージャック?」

「海賊みたいなものだよ」

「それは大変ですね…」

「海もあまり好きじゃないな、日本ではイカやタコを好き好んで生で食べるらしいがよくあのような地球外生命体みたいな生物を生で食べられるなと感心したよ…」

「私も食べたことはないですね。どんな味なんでしょう」

「……」


 メヌはスラム育ちだ。今までの食生活を考えたらえり好みをして食料を食べられることは少なかったであろう。彼女の細い腕を見てノクスはふと心配になった。これから旅をするのに彼女はこれでは倒れてしまうのではないかと。


「…メヌ」

「どうかしましたか?」

「イカ…食ってみるか?」

「え、お嫌いなんじゃ」

「いや別にイカじゃなくていい(俺も食べたくないから食べないならその方がいいし)。今日はこの町、第一の町についた記念だ。豪勢に食おう。何か食べたいものとかあるか?」

「えっと…えっと…」

「まだ時間あるから考えながら行こう」

「はい!」


 とりあえず船を使うことはわかったので港の方へ進んでいく。この島全体はどこもスラムのような感じで島流しと言ってはこの島の人に失礼ではあるが本土からこちらに来る人は人生に疲れてこちらにわたってきたり、何らかの失敗をして散財しこちらの島に夜逃げしに来る人が多いようだ。そのため大層なつくりのフェリー乗り場などはなく簡素なつくりの港があるだけのようだ。港へ到着した二人は船に乗れる場所を聞こうとタバコみたいな物をふかしている漁師の恰好をした人に話しかける。


「すみません少し聞きたいことがあるのですが今お時間大丈夫でしょうか?」

「あ?あぁ、時間ならたんまりあるよ」

「ありがとうございます。船を使って本土側に行きたいのですが乗れる場所はどこにありますか?」

「あー本土へ行きたいのかあんたら。悪い時に来ちまったなぁ」

「どういうことです?」

「今船出せねぇんだ。ここらは大丈夫だが今沖の方は霧が濃くなっちまってな。しばらくの間出航禁止令だされてんのよ。俺らも商売上がったりだよまったく」

「そうなんですか…」

「普通に船だせるんなら俺の船に乗せてやってもよかったんだが、まぁ勘弁してくれや」

「ありがとうございました。よろしければお名前よろしいですか?私はノクターン、こっちはメヌエット」

「メヌエットです。こんにちは」

「はは、カワイイ嬢ちゃんだな。俺はフィンガーボードってもんだ、よろしくな。当分沖にはでられんし俺はここら辺にずっといると思うよ」

「なにかあったらまた来るかもしれません。ではまた」


 そういって別れると港を少し散策する二人。沖の方をみると確かに対岸は見えなく靄がかかったようになっている。


「困ったな、すぐに出発するつもりでもなかったが季節的な原因ならしばらく渡れないかもしれないぞこれは」

「そうですね、私も故郷の街を出たことがなかったのでここが島だったこと自体知りませんでしたし今は知らないことが多すぎますね」

「まぁ今日は少し町を回って宿に泊まることにしよう」


 港を見渡すと確かに活気がない。漁師と思われる人は沖に出れないため仕方なく釣りをしていたり船の整備をしていたりするが浮かない顔だ。東の方には灯台がありそちらの方にも一応行ってみることにした。


「あとはこっちの方だけだな」

「そうみたいですね、でもこっちも同じみたいな感じですね」

「そのようだな。ん?」

「なにかありました?」


 ノクスは灯台の下に人がいることに気づいた。自分より年下であろう黒髪短髪の少年。周りを気にせずずっと本を読んでいる。少し気になったが他の人と同じようなものだと思いあまり気にしなかった。


「いやなんでもない。今日は宿に泊まろう、港はまた今度情報収集にくればいいさ」

「わかりました」

「夕飯なにが食べたいか決まったか?」

「えっと、すいませんまだ…」

「なんでもいいぞ、海の物でも別の物でも」

「それじゃあ、ノクスさんの好きな物を食べてみたいです」

「俺の?」

「はい。料理は好きなのですがスラムに居たのでどのようなものがあるとかはあまり知りませんし、もしよかったら今後作れるようにもなりたいので」

「…そうか。じゃあ材料を買って宿で作らせてもらうか」


 ノクスはほのかに頭が暖かくなるのを感じた。今まで一人で生きてきたため人と深く関わることすらなかったのに今や隣には自分のことを考えてくれるパートナーがいる。そう考えるとノクスは自然と顔がうすら赤くなっていく気がした。


 町の方はスラムよりはこざっぱりしていたがやはり活気がない。これも漁にでれず食料が不足しているからなのだろう。幸いノクスの作ろうとしているものは沖に出なくても取れるような海産物なので比較的安い値段で貝(見た目は小さい二枚貝で浅蜊に似た感じ)を購入できた。それと牛乳、酢、米、オリーブオイル、にんにく、玉ネギ、酒、食用茸など元の世界と似たようなものを選択して買っていった。


「材料はそろったしあとは宿だな」


 閑散としている中で宿もあまり繁盛している様子はなく町の中ではなかなかに位の高そうな宿についたが店主は暗い顔をしている。こちらから船が出せないだけでなく本土側からも船が来ないため客がまったく来ないのだという。幸い金銭にはまだまだ余裕があって料理は自分たちで作ると言うとキッチン付きの一番いい大部屋に通してくれた。泊まってくれるだけでも有りがたい上に材料が不足しているので店主も自分たちの分の食料を温存できて助かると思っているだろう。

 部屋につくと外は次第に夕刻を過ぎ暗くなり始めたころだ。さっそく料理に取り掛かった。鍋など備え付けてあったものを借りてまずはメヌには牛乳を火にかけてもらう。その間に深鍋にオリーブオイルを敷きにんにくと玉ねぎを炒めはじめる。メヌが牛乳をかき混ぜている横で酒を取り出して「今から飲むんですか?」「違う違う」とやり取りをして酒を深鍋に入れると赤い炎が上がった。


「ぴぃ!」

「ははは、大丈夫だフランベだよ」

「びっくりしました」


 しばらくして牛乳が適温になったようなので酢を入れてかき混ぜる。きれいな布を別の鍋にかぶせそこに開け、水分を絞りとる。簡易的なカッテージチーズである。深鍋には米と水を入れ水分を飛ばし味付けの塩や胡椒を入れ貝と茸を入れカッテージチーズを上から乗せる。カッテージチーズは熱によって溶けないが簡単に短時間で作れるチーズといえばこれくらいしかないので妥協することにした。蓋をして熱が回ると完成である。元の世界の材料で作ったものとは少し違うが見た目は悪くないチーズとキノコのリゾットである。


 二人は旅で初めての共同作業で乾杯をし、旅の疲れからその夜はぐっすりと深い眠りについた。












※チーズとキノコのリゾットに関しましては妄想と偏った知識で書いているため実践しても味は保証いたしません。ご了承ください。

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キャラクター・ピース 5cmの巨人 @hukutaku827

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