スラムの街の交響曲 第二番「制裁と救済」 第二楽章

 やぐらから足早に敵の根城の近くまで来たノクターン。まずは周りの状況を確認すると見張りはやぐらから確認した限り敷地内に二人、入り口に一人で、外を巡回している者はいないようだ。辺りには人気がなくこいつらが来てからここ付近には人が近寄らないのだろう。入り口の見張りは交代するようだがローテーション時間がわからない。建物の中にも警備はいるだろうが外から見ただけでは把握するのは難しいし最悪何人かを同時に相手にすることになるかもしれない。自分もまだ完全には回復していないので激しい戦闘になるのは避けたい、正攻法で正面からという訳には行かないようだ。


(どうしたものか…)


 侵入方法を考えていると入り口の見張りが交代するようで代わりの見張りとの話し声が聞こえてきた。


「おつかれさん、交代だ」

「ういよー、やっと時間かぁ」

「あいつも人使い荒いよなぁー人が足りないんなら本部から呼びゃいいのに」

「仕方ないだろ、資金もそんなに渡されてないみたいだし信用問題なんじゃないか?」

「にしたってよー」

「まぁな、たぶん雇われ警備は全員同じこと思ってるだろうよ」

「直属の護衛のやつ、いけ好かねぇの一人いるけどあいつはどうなんだろうな?あんなクズに仕えててストレス溜まらんのかね」

「さぁなー、お国のもんが考えてることはわからんね」

「とりあえずおつかれさん、また四時間後なー」

「おうありがとさん、俺は仮眠してくるわ」


 運良く敵の内情とローテーション時間が聞けた、疲れて仮眠すると言っていたから下手に騒がなければあと四時間は敷地内・入り口の三人で固定だろう。外はなんとかなりそうだ。指揮も低いし雇われ警備はそこまで問題ないだろう。


(となると問題は…直属の護衛とやらが不安要素だな)


 現在ノクターンは身軽に動いてはいるが追手から受けたダメージを負っていて絶好調とは言い難い。なるべくなら戦闘は避けて通りたいが最終目的地での戦闘は避けられないかもしれない。


(そうなれば、多少計画は狂うがもらったこいつの出番になるな)


 ダンテにもらった封呪符、威力はわからないがあのときに目撃した炎を封じてあると言っていた。どれくらいの規模を封じてあるのか賭けになるが切り札として最後まで温存するつもりだ。


(これでライターの火程度だったらもう魔法なんてものは信じないぞ…)


 冗談半分で思ったが正直まだ魔法というものは信じられていない。四半刻ほど前に見せてもらった望遠鏡にも魔法がかかっていると鼻高々に言っていたが技術が進んでいる国ならばあの程度の距離を見る望遠鏡は普通の値段で購入できるだろう。確かに不思議と思える点もあった、普通の望遠鏡ならば見える距離の調節は自分の手でつまみを回してするものが多い、だがあの望遠鏡はデジタルカメラのような感覚で自動的にピントを補正していた気がする。もちろん高価な望遠鏡ならばそういったものもあるだろう、だが先ほど貸してもらった望遠鏡は見た目は粗悪でとても売り物として店に並べているとは思えない品物だ。あの少年が作ったということだろうか?


(まぁいいか、この札が使えなかったら臨機応変に対応するしかないだろう)


 潜入する算段と覚悟を決めると足早に入り口近くへと向かう。



 最初は入り口の見張り、そして次に敷地内の二人の対処だ。まずは入り口の見張りをおびき寄せるためにノクターンはフレンドリーに道を訪ねる振りをした。幸い敷地の中の二人からは入り口は見えもしないし音も聞こえない位置にいた。


「あ?何者だここは立ち入り禁止だぞ」

「すみません、旅の者なのですが道がわからなくなりまして教えていただきたいのですが…」

「あぁ、そういうことか。どこにいくんだ?」

「この中だ」

「な、っぅぐ!」


見張りが油断した時、すでに素早く後ろへと回り込み片腕を背中の方へひねり、首にナイフを持った右手で軽く締め上げ、動脈のすぐ隣にはナイフが突きつけられている。


「静かにしろ、こんな所で命を落としたくはないだろう?」

「…!」

「小声で話せ、情報を知りたいんだ」


 無言でうなずく見張り、状況を理解したのか抵抗することはなかった。


「お前の雇い主に話があってな、あんたらも苦労しているようだし素直に話してくれれば殺しはしない」

「…わかった」

「お前以外にあと何人見張りがいる?」

「…俺以外だと七人だ」

「雇い主の場所はここの最上階で間違いないな?」

「…あぁ、あってる」

「そしてその最上階には雇い主以外に二人いることになるな、攫ってきた娘と雇い主の直属の護衛だ」

「…その通りだ、三人とも最上階にいる」

「なるほど」

「直属の護衛はおそらく魔術師だ。位はわからんがな」

「魔法…か」

「なぁあんた…」

「なんだ?」

「良かったらなんだが協力してやろうか?」

「…ほう?」

「雇い主に話があるって言ってたがこんなナイフ持ってんだからどうせ復讐だろう?直属の護衛は知らんが雇われの俺たちは皆うんざりしてんだ。俺たちはこの地域の人間じゃねぇがみんな元々は同じような貧民街暮らしでな、金に釣られて仕事引き受けちまったがこれ以上同じ境遇の人たちを苦しませるのはまっぴら御免なんだ。もちろんそれで償えるとは思ってないがまずはこの仕事を辞めてぇ」


 嘘をついている様子は見られない、なにより先ほど交代とぼやいていたのだから本心なのだろう。


「そうか、ならば話が早いな。手荒な真似してすまんな」


 解放してもいつでも反撃できるように殺気は緩めずにゆっくりと拘束を解除する。


「…ゲッホあんたすごい力だな、本当になんとかなるかもしれん」

「まぁそれはいい、そしたら少し揺動をしてくれないか?」

「あぁ、その程度でいいならばお安い御用だ」

「これから私はあんたとは逆方向の物陰に隠れる。あんたは外から中の仲間二人を呼んでくれ、内容は何でもいい。不審者を発見しただとか気になる物を発見しただとか適当にな。その後は二人に話を付けてそのまま三人消えてくれて構わん」

「あぁ、後の五人はいいのか?」

「あまり騒ぎを大きくしても上に感づかれる、外の二人だけで大丈夫だ。心配するな見張りは殺さん」

「そうか、よかったよ。しっかしあんたなんか手慣れてるな」

「おしゃべりは禁物だ、すぐに行動するぞ」

「…あぁわかった」


そうすると先ほど説明した位置についた二人。ノクターンは物陰に隠れる前に入り口の見張りへと軽いハンドサインで合図を送った。理解した見張りは少し入り口を離れたノクターンとは逆の方向へ歩き、中の二人に聞こえる声で声をあげた。


「すまーん、二人ともちょっと来てくれー!気になることがあるんだー!」


そういって親指を上に立ててハンドサインを返してきた。こちらも同じハンドサインで返すと物陰に隠れる。数秒して入り口から同じ格好をした二人が出てきた。二人が少し離れた場所にいる最初の見張りを確認してそっちの方向へと歩き出したと同時にノクターンは既に死角へと潜り込み入り口をくぐって敷地内へと足を踏み入れていた。


(あとはうまくやってくれよ)


そう思うと建物へと向かっていった。




 雇われの見張りを殺すことはしないと宣言してしまったがいつもと同じことだ。ターゲット以外を殺めることは三流のすること、ノクターンはいつも策を弄してターゲットだけを仕留める。それ以外の厄介なことに足を突っ込みたくないからである。今回は火を使おうと思っているから残りの見張り五人も気絶させてしまうと後々火災で死んでしまうだろう。どうしたものかと考えているが要は見つからなければいいのである。幸い一番高い建物と言ってもせいぜい四階層程度だろう。外壁には少し見栄を張って小洒落たかったのか出窓などの足場がたくさんあるようだ。おもむろに壁を上りだすノクターン。なるべく音が出ないよう勢いを殺し腕と足の力だけでロッククライミングのように上っていく。慣れた技で三階付近まで登ったとき話し声が聞こえてきた。登りながら話を聞くと…


「さてさて、進行状況はどうなっている?」

「ハッ!ただいま指定範囲の四分の一を制圧完了いたしました!」

「予定より遅れているな、なにを遊んでいるのだ」

「申し訳ありません!雇った者達があまり使えなく」

「言い訳は聞きたくないな」

「はい!申し訳ありません!」

「期限は残りひと月ほどだ、遊んでいる暇はないぞ。もし達成できなければどうなるかはお前自身がよーくわかっているな?」

「!…わかっております!必ずや!」


 姿が見えないので誰がしゃべっているかはわからないが状況的に雇い主と見張りかもしくは直属の護衛だろう。たしかに聞けばこんな雇い主ならばうんざりするだろうな。そう思ったノクターンは屋上まで登りきると中の状況を確認するために屋根裏へと入り下の階へと耳を当てる。足音は一人分、望遠鏡で見たとき彼女は縛られていたので動けないだろうとすると主は椅子に座っているだろうし護衛の足音だろう。するとドアの閉まる音がして足音は遠ざかっていった。つまり今現在は囚われの娘と主一人だけだろう。運よく好都合な状況になった、今ならば一対一で話も出来るだろう。


 静かに屋根裏の一部の板を外すとやはり主は一人でいる。後ろには出窓があり丁度机と椅子に座って日記か何かをつけ下を向いている。いかにも社長室と言ったような感じの作りをした部屋で彼女はドアから少し離れた場所に縄で縛られている。外した屋根裏の板の下は丁度主と彼女の対角線上にあり都合がいい。すこし都合が良すぎるくらいだが嫌な予感もしないし大丈夫だろうと、感というのは長年この仕事に就いてきて馬鹿に出来たものではないことを知っているノクターンは思った。


 すべての準備が整った、行動開始だ。

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