スラムの街の交響曲 第二番「制裁と救済」 第三楽章

外した屋根裏の板をフリスビーの様に利き腕で持って主の少し上へと狙いを定め腕を思い切り振り板を離すと建物の主の上を風が通り抜け板切れが出窓とぶつかり勢い良く音を立てて粉々に割れた。


「!?」

「なんだ!?」


部屋の中の二人が驚き、音の方向へと注意がそらされた。ガラスの破片と板切れが地面に衝突して出た音とタイミングを合わせるようにして、ノクターンは素早く屋根裏から四階の床に着地していた。主が外に気を取られている内にノクターンは机の上へと跳び、振り向く時には既に首もとにノクターンの右腕がぶつかり後方の出窓へと押さえつけられていた。左手でナイフを持って目を抉り出さんばかりの距離で突きつけた。


「こんばんは、知らない人。いい夜だな」

「ヒィ!なんだお前は!」

「配達人だ。盗まれたものをあるべきところへ返し、お前には絶望を届けに来た。さて、このまま目を抉り出してもいいが視覚を奪ってしまっては後がつまらんな。何処からがいい?鼻か、耳か、それとも下顎丸ごと削ぎ落してやろうか?」


 軽い口調で言っているが表情は笑っていない。目からは本気でヤルつもりだとわかる雰囲気を発している。


「あ…!あ゛ぁあ゛ぁああ…!!!」


 瞬時に自分が死の淵に立たされていることを理解した主の足はガクガクと震えだし、失禁したあと目が真っ白になり意識を失ってしまった。「うわっと」と床にできた水溜りを避ける。本来ノクターンの考えではここで封呪符を使うつもりだったがうまく気絶してくれたので使う必要はなくなったようだ。殺すつもりでもいたが本来の目的は捕われた彼女を助けることであり殺すことが目的ではない。


「……あ…あああ……」


 部屋の後方を見ると意識は失ってはいないが同じように怯える彼女がいた。


「助けに来た。怪我はないか?」

「は、はははいい。スススイマセン許してくださいぃ…」


 かなり混乱しているようだ。早く縄を解いてやろう。


「あ…ああ…!」


 近づくと彼女も失禁してしまった、無理もないだろう。数時間拘束されトイレに行けない上に今しがた人が殺されようとする場面を見てその殺そうとした人が近づいて来ているのだ。


(いかん、なんという誤算だ)


「…スイマセン!スイマセン!」

「いいからとりあえず縄を解くぞ、じっとしてるんだ」


そういって縄を解き彼女を解放する。縄を持ったノクターンは先ほど気絶した主へと向かい手足を縛り机へと括り付ける。


「これであとは護衛だけだろうか」


と思い割れた出窓をのぞくと先ほど通ってきた敷地内の庭に入り口にいた見張りと同じ格好をした八人と杖を持って黒いローブを来た者達が戦闘を繰り広げている。


「あいつら、嬉しい誤算を発生させてくれるじゃないか」


 彼らはノクターンが建物の外壁を登っている時に仲間の皆を説得して護衛を誘い出し、引きつけてくれていたようだ。最上階のここから見るに何か護衛が光ったりしているが今は彼らを信じて脱出に専念しようとし、彼女の方を見ると


「す、すいません。あまり見ないでいただけますか…」


 顔と耳を真っ赤にした彼女が座り込んで俯いていた。


「す、すまなかった。ああでもしないと戦意喪失させられないと思ってな」


 見ているノクターンまで何か恥ずかしくなって来てしまっていた。彼は現在23歳だが暗殺という特殊な仕事にずっと打ち込んできたため、ハニートラップなどの演技などは教え込まれてはいるが実際のこういった演技以外のシチュエーションに遭遇したことはなくどうしていいものかわからないのであった。


 薄汚れた安い布一枚で作ったような服が濡れてしまったため目のやり場に困ったノクターンは


「とりあえずこれを来てくれ」


 そういうと自らが来ていた白いYシャツを彼女へ渡し、後ろを向き再び窓の方へと向かい戦況を確認する。何やら護衛の周りが発光していて見張りの攻撃がその光にはじかれているではないか。攻撃が通じていないが護衛もその謎の光の中から出るに出られないといった状況のようである。


 後ろでガサゴソと音がすると


「すいません、お手数をおかけしました…」


 汚れてしまった布を床に置いてYシャツ一枚になってしまった彼女がいた。


「…君アレしか来てなかったのか!!!」


 と、つい大きな声を出してしまったノクターン。顔を赤らめた彼女が下を向いてからすこし怯えた声で「スミマセン…貧乏なので…」と声を絞るように出した。


「とりあえずここから出るぞ。歩けるか?」

「あ…、すいません…長時間縛られて座っていたので足が…しびれて…」


 しびれとおそらく先ほどの光景を目にし足がすくんでいるのだろう。そう思ったノクターンは「仕方ない」と彼女をお姫様だっこの形で持ち上げた。「キャッ」と彼女が言った瞬間、ノクターンを彼女の普段からするであろういい香りと数分前に出来た水溜りのにおいが嗅覚を、Yシャツだけになった彼女の姿が視覚を襲い、正気じゃいられなくなりそうになったが危機的な状況を必死に思い出し脱出へと行動を切り替えた。


 もぬけの殻になった建物には今まで略奪してきたであろうものが並んでいたが今は気にしている時間はない。急ぎ足で建物を内部から下っていくと先ほど戦闘になっていた中庭へと出た。


「すまんが少しここで待っていてくれ。君には少々過激な光景になるだろうから目をつぶっているといい」

「わ、わかりました」


「お!旦那!無事だったか!」


 そこには先ほどの見張り八人と一緒に診療所付近で話した火消しの人たちも居た。


「言われた通り来てみたら火事じゃなくて大騒ぎになっててな!こいつらが反旗を翻したって聞いたから加勢してんだよ!」

「そうだったのか!ありがとう!すまないがそこの不思議なやつと話がしたい!皆一斉に攻撃を止めて離れてくれ!」


 ノクターンがそう指示を出すとハンドサインでカウントを取り全員一斉に放射状に距離をとった。


「あんた、上にいるやつの護衛だと思っていたがお前が本当のボスだな?」

「………なぜそう思った?」

「歯ごたえがなさ過ぎた上に先ほど盗み聞きした声とは違ったのでな、あのとき誰と話をしていたかはわからないがあの場にはいない人物と交信していたんだろう?」

「………はぁ…正解だ」


「チッ!どいつもこいつも使えない奴ばっかだな…道具は道具らしく感情なんか持たずに使われてればいいものを…。ここまでこじれてしまっては一度撤収した方が良さそうだな…」

「なぜ彼女を攫った?」

「…答える義務はない。だがここまで噛み付いてきた苦労に免じて少しだけ教えてやろう、その女は選ばれたのだ…。今後邪魔だてするならば貴様をあらゆる手段を使って殺すだろう…」

「…それは恐ろしいことだな、それだけか?なら終わりにしよう」

「ふんっ、口だけ達者なことだ。私の絶対防壁は何人たりとも崩せん…!」


そういうとローブの男は何やらぶつぶつと単語?を唱えると男の周囲に先ほどみた光が展開される。


「お前らに私は倒せない!魔法が使えないような愚か者達にはなぁ!」

「あぁ、あるぞ。お前を倒すための魔法とやらが」

「あ?」


 そういったノクターンは光の球体へと近づき炎の封呪符を叩き付け、素早くバックステップをして距離をとった。


「なんだぁこの封呪符は、破らないと意味がないだろう?なめているのかぁ?ハッハッハハッハアアア!!」

「終わりだ」


 光の球体に貼られている封呪符を目がけてノクターンはナイフを投げた。寸分違わぬ精密な投擲で見事に封呪符を切り裂いた瞬間、あのとき診療所を燃やしていた炎が飛び出して来た。それは凄まじいものだった。先ほど診療所に着いた時はすでに炎を封じてあったためにそこまでの勢いがなかったのかも知れない。光の球体をさらに強い熱源が襲い包み込む。


「うお!?炎か!だが絶対防壁があるならば!」

「お前は酸素って物質を知っているか?」

「なんだそれは?」

「酸素ってのは人間にとって必要不可欠な気体だ。空気中の酸素を口から吸い込み体に取り込むことによって血液にのり全身に運んでいる。酸素は火によって瞬く間に消費され火の勢いを増加させる。この意味がわかるか?」

「なにを言って…!?」


膝をつくローブ男、ようやく自分の体の異変に気づいた様である。


「な…んだ、くる…しい…!」

「これにて終演だ。悪役は退場願おう」

「ぐ…ぐ…ご…があああああああああああああ!!!」


 ローブ男が最後の言葉を口から吐きながら耐えていたが限界に到達し、絶対防壁とやらが男の体から酸素がなくなると同時に消えた。光の球体を包んでいた炎は中へと達し男を燃やし尽くす。


「そ…ンなァ…ア…ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…ア゛……ア゛………………」

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