スラムの街の交響曲 第三番「最初の仲間と旅立ち」 第一楽章
敵のボスを倒してホッとしたノクターンもかなり力を使って疲れていた。いくら身体能力が高いと言ってもノクターンは怪我の病み上がりの身、三日間寝っぱなしで三日ぶりに体力を一気に消費したのだから疲れない方がおかしいだろう。
「なんとかなったか…」とその場に仰向けに倒れ込んだノクターン。周りに離れていた火消しと見張りの人達が駆け寄ってきて「大丈夫か!?肩を貸すぞ!」と言って立たせてくれた。
「あ…あの…」
(そうだ、彼女は大丈夫だったのか?)
振り向くと彼女Yシャツ一枚の彼女が不安そうにこちらを見ている。格好を見て必死に忘れていたものがまたこみ上げてきそうになった。
「…すまんが彼女にちゃんとした服を着せてやってくれ」
「あ、あぁわかった」
「診療所のダンテ先生を草原の方に避難させている、彼女はダンテ先生の娘だ。私達も草原の方へ行こう…」
真夜中のスラム街はとても静かなものだ。テレビやパソコンなどといった贅沢品の類がないため無駄な体力を使わないように皆寝静まっているのだろう。そう頭の中で考察していると草原が見えて来た。ダンテも確かにそこにいた。
「…お父さん!」
「メヌエット…!メヌエットか!」
「無事だったのね。よかった…もう会えないかと思った…」
「お前こそ…本当に心配したんだ…お前が攫われていったときこの世の終わりかと思ったよ…」
先ほど火消しの人が持って来てくれたローブを来た彼女が父親の元へと駆け寄っていった。泣きじゃくる親子の抱擁を見て、よかった、本当によかった。と、ここですべての不安が解消されたのか完全に力が入らなくなって草原にぶっ倒れるノクターン。
「本当にありがとうな旦那、あんたはこの街の英雄だ!おっとこいつは返しとくぜ」
火消しの人が彼女の来ていた自分のYシャツを放り投げて来た。彼女のいい香りがして安心したのと合わせ技を食らいノクターンはゆっくりと目を閉じて眠ってしまった。
翌日の朝、三日間眠ることもなく目が覚めたノクターンは火消しが集う消防団の詰め所で目が覚めた。あの後ここに運ばれたのだろう。帰るべき診療所がなくなってしまったダンテとメヌエットもここに世話になっているようだ。聞くところによると街の人達で奴らの根城を解体して懲らしめた主(偽)も檻に入れて捕らえているそうだ。街に平和が戻ってきて皆生き生きしていると嬉しげに火消しの頭から再びお礼を言われた。朝食を御馳走になってから街へ必要なものを買いにいくことにした、が生憎ナイフを購入したお金で最後だったので無一文だ。とりあえずリハビリがてら散歩へと街へ繰り出した。
街を歩いていると昨日とは打って変わってお祭り騒ぎのような賑やかさがノクターンを歓迎してくれた。歩いていると色々な人から感謝の言葉をかけられ、お礼の品だと様々な品を無理矢理手の中に渡された。果物、日用品、ナイフを購入したのを知られているためか武器まで渡してくる人もいた。この街には一人だけ鍛冶屋がいるようでノクターンのために朝からこのカトラスを打ってくれたのだという。本来なら悪いから返すのだがせっかく自分のために打ってくれたのだし今はなるべく装備がほしいためありがたく頂戴することにした。
もらったものの中には通貨もあったが少しおかしい。昨日持っていた通貨で普通にナイフが買えたのだがそれとは違う通貨を何種類かもらった。聞いたところ様々な世界から人々が来訪するため異なった通貨はさして珍しいものでもなくちゃんとそれぞれの通貨の値段基準が出来ているらしい。
「様々な世界…か」
魔法と聞いて薄々感づいていたがここはどうやら今までいた世界とは別の異世界らしい。何かの弾みでこの異世界に召還されたと言うことになるがあのときペンダントが光ったのはなぜなのだろうか。そんなことを考えて歩いているうちに主(偽)を捕らえている檻がある旧やつらの根城までついた。昨日入り口を見張っていた戦友がそのまま見張りをしているようなのでやつと話がしたいと言って通してもらうと快く通してもらえた。檻のほうを見ると隅で丸くなっている主(偽)がいた。
「よう、昨日ぶりだな」
「ヒィ!あ、あんたは…!」
「お前さんとローブ野郎のおかげで私は朝から街の英雄扱いだよ、仕事柄目立つのはあまり好きじゃないというのに」
「あ、あんた何者なんだ!?」
「まぁ落ち着けよ、あのローブ野郎が本当のボスだったんだろう?熱り立ってたから聞くものも聞けずに殺しちまったんだがあんたらは何が目的でこの街を乗っ取ろうとしてなんであの娘を攫ったんだ?」
「お、俺が知るかよ!俺は組織の末端だ!上の考えなんざ聞いたこともない!」
「本当にそうかな?」
そういってもらったカトラスを早速見せびらかす。昨日あのような思いをした主(偽)にはこの脅しは効果覿面だったようですぐにブルブルと震え上がった。
「ほ、本当に知らないんだ!攫って来た娘は生け贄にするとかなんとか言ってた気がするが会話の一部を聞いただけなんだ!信じてくれへぇ!」
「…そうか」
(生け贄か…ローブ野郎は彼女…メヌエットのことを魔法適正が高い女と言っていたが誰も彼も魔法を使える訳ではないんだな…メヌエット本人もそのことを知らなそうだがどうなっているんだか)
考えを巡らせていると主(偽)が口を開いた。
「あ、あんたそのペンダントはなんだ?魔法文字が書いてるようだが何処で拾ったんだ?」
「なんだと…!?」
魔法文字だと?長年にわたって世界中の文字を照らし合わせて来たがついぞ同じ言語を発見できなかったペンダントの文字、今主(偽)は魔法文字だと言った。
「お前これが読めるのか?」
「いや、俺は魔法適正がないから読めないが同じようなものはよく見かけるぞ」
「嘘じゃないだろうな」
「ほ、本当だって!やめてくれよ!!」
なぜノクターンがこの世界に呼び出されたのか。なぜノクターンが元の世界から持っていたペンダントに魔法文字が刻まれているのか。この魔法文字にはどんなことが書かれているのか。ここに来て自分の記憶の謎を解くための手がかりが多く見つかり頭の中にある霧が晴れて行くような気がした。
(私は、私の過去の秘密はこの世界にあるのかもしれない…!)
「あぁ有益な情報ありがとう。お前の運命は私ではなくこの街の人たちに決めてもらうことになるだろう」
「はぁ…どういたしまして…こんなことになるなら出世しなけりゃよかったよ…」
「そうだ、お前が所属している組織はなんだ?なんと言う名前なのだ」
「…まぁもう黙っててもどうにもならんしいいか、帝国で活動する『スツクラジヤ』って組織だ…」
「わかった、もう二度と会うことはないだろうから安心しろ。じゃあな」
根城を後にして火消しの詰め所へ帰ってもらった荷物を置いておくと二人の姿が奥からこちらへと向かってくる。ダンテとメヌエットも目が覚めていたようだ。
「お帰りなさいです。昨日は助けていただき本当にありがとうございました!」
「お帰りなさい。昨日はお礼言えなかったね。君には感謝の気持ちを伝えても伝えきれないよ。本当に、本当にありがとう」
二人が頭を下げて来た。だがノクターン的にはこの人たちに先に助けてもらったのだからお相子なのだ。
「いえ、先に命を救ってもらったのは私のほうですしそこまで頭を下げられても…こちらの方こそまともにお礼も言えずにあの状況でしたし、こちらからも改めてお礼を言わせてください。あの時助けていただいて」
「「「本当にありがとう!」」」
三人はほぼ同時に頭を下げて詰め所のみんなから笑われていた。そして釣られて三人も笑い出した。
(こんなに笑ったのは初めてかも知れない)
この世界に来てから新しいことだらけのノクターンはこれから起こることにワクワクしていた。この街を占拠していた集団の謎、自分の記憶の謎、自分の知らない魔法の知識、様々なことを考えているうちに顔の口角があがるのを感じた。以前ならこんなことはなかった。「仕事」をしてつまらない毎日を過ごすだけだった世界からいっぺんしてこの異世界は自分に「笑顔」をくれた。もっとこの世界を知りたい、もっとこの世界を堪能したい、そう思った。
この世界に隠されたパズルのピースを探しに旅にでよう。そう決めたのだった。
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