スラムの街の交響曲 第三番「最初の仲間と旅立ち」 第二楽章

 旅に出る前に色々支度を済ませたいと思って後日再び街へと繰り出したノクターンはまず衣料品を取り扱っている場所へと向かった。幸い昨日ありがたく頂戴した金銭で買えないものはこの街にはないようだ。それどころかさらに無料で品物をもらうほどに信頼されている。が、ノクターンが欲しいものはこの街には無いようなので材料を買って自力で作るしか無い。裁縫の心得は多少はあるが破れた部分の修復程度しかやったことが無いので自信はないのだ。ここの街の人もあまり得意な人はいないようで服などは布に穴をあけてポンチョのように首を通しているだけの人が多いようだ。誰かに頼めれば頼みたかったが自分の思っている完成図を人に伝えることも難しいため仕方なく自作することになった。といっても顔を隠せるフード付きのローブが目標であるためさほど難しいものを作ろうと思っているのではない。がんばれば一日程度の作業で何とかなるだろうが、一応素人なためどの程度の布を使うのか失敗などを考慮してかなり多めに白い布を買った。


 一品で大荷物になってしまったので迷ってたところ店主がこの後出かける用事があってついでに詰所に運んでおいてくれるとのことだったのでお願いしてそのまま次の必要な物を買いに出た。食料は街の皆から貰ったもので十分足りそうだがその他の火つけ道具などの消耗品が不足している。が、この世界には今必要としている消耗品はあまり出回っていないようだ。そもそもあまり聞いたことがないというので驚いたが、少し考えて納得した。ノクターンにはどのような類の魔法があるのかはまだ分からないが火を起こす魔法や水を発生させるものなど、そういった類の魔法があれば元の世界で使用していたような科学的な道具はこちらにはないだろうと思った。仕方なく消耗品は別の場所で後回しにと考え詰所へ戻ってきた。


「おかえりなさい!」

「おかえり」

「あぁ、ただいま戻りました」


 ダンテ一家とはあれからかなり打ち解けて仲良くなっていた。個人と仲良くなると別れがつらくなるから今まではあまり人にかかわってこなかった。立場上色々な地に赴くことが多く色々な人を見てきたが関わった人は数少ないし、今までこのように沢山話をしたことは一切なかった。ノクターン自身でも不思議だがこの人達にはそうさせる力があるのかもしれない。診療所が繁盛していたのにも頷ける。


「さっき布屋さんがこちらを置いていかれましたよ。なにを作るのですか?」

「火事の時に羽織っていたものは焼けてしまいましたので旅用のローブを」

「なるほど、しかし随分多めに買われたのですね」

「私も作ったことがないので失敗することもかねて多めにと思って」

「これなら二人分くらい余裕な量ですな」

「そうですね、おそらく余ると思いますのでよければ余った分を何かに使ってください」

「それはうれしいですね。こちらもほとんど残っているものがありませんので今は何をもらってもうれしいですし」


「………」





 診療所は街の人達の意向で前と同じ場所に建ててくれることになったそうだ。診療所がないと街の人達も困るので皆喜んで手伝ってくれている。建材は使われなくなっていたやつらが根城に使っていた建物を解体して流用している。半年ほどだったらしいがこの街では悪の象徴としてニョキニョキと建てられた根城は街の人たちからしたら主人が居なくなったのにいつまでも見ていたくはない代物で取り壊そうということになった。元々は街から略奪してきた材料で建てた継ぎはぎだらけの根城だったし「どうせ壊すなら」という街の皆の提案で建材として使うことになったようだ。


 夕食を頂いてからノクターンはさっそくローブ作りに取り掛かった。が、やはり覚悟はしていたが素人なので思ったようには進まない。まず服を作るときは型紙を作り、型紙に沿って布を切り~といったような工程で進めていくのだがその知識がないのでいきなり布を適当に切って縫い始めている。すると後ろから見ていたメヌエットが見かねたのかノクターンのそばに寄ってきて


「あまり裁縫はしたことはないのですか?」

「あぁ、服に穴が開いた時縫い直す程度しかやったことがないのでね」

「私、少しだけ経験があるのでお手伝いしますよ」


 メヌエットは少なくともノクターンよりは慣れた手つきでローブ作りを手伝い始めた。


「やっぱり…旅に出てしまうのですか…?」

「あぁ、色々と調べたいことができたのでね。この街には世話になったが明日か明後日には出るつもりだよ」

「そうですか…」

「?」


 ローブ作りは日が明けてからも続き次の日の夜にはまともな形になって完成した。少し不格好だが機能的には問題ないであろう出来だ。


(そういえばメヌエットは昨日の夜は手伝いには来なかったな)


 そんなことを思いつつノクターンは旅の支度を続けていた。少し寂しいがこの街とはもうすぐお別れになる。

 ノクターンにとって別れは身近なもので何度も体験してきたので割とあっさりしている。もちろん仕事でお世話になった人達とは親睦を深めたいと思ったこともあるが仕事上仕方のないことだった。

 しかし、この世界にきてから元の世界の仕事のことはもはや関係がなくなった。今ノクターンの中では今までに経験したことのない感情が渦巻いている。それは愛着とも似た居心地のいい感覚でいつまでもこの場所に居たいと思わせる。だがノクターンは知ってしまった。この世界には自分を知るための何かがあることを。それを追求するためにはこの街とは一旦別れなければならない。そう思って旅に出ることを決意したのだ。


 この街のことを思いながら荷物をまとめていると星がきらめき出し、夜が深くなってきた。旅立ちは明日、


(街の人たちの顔を見ると別れがつらくなるだろうな、早めに出発してしまおう)


 荷物の整理が終わりノクターンは早めに就寝した。

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