スラムの街の交響曲 第一番「出会い」 第二楽章
ノクターンが次に目を覚ました時、彼はベット「らしきもの」の上で寝ていた。「らしきもの」というのは一見ベットのように見えて色は半透明、そして何よりも不思議なのはそのベット自体が「浮いている」のだった。
「なんだこれは…?」
目が覚めて第一声がこの言葉である。それもそのはず、自分が目にしたことのない物体、現象が一度に視界に入り込んで来たら一般的・常識的な人間は彼と同じような反応をするだろう。
そうして目が覚めた彼が理解不能な現象に混乱しているうちに廊下の方で足音がした。追手を警戒したがかすかに残る異常な記憶に不思議と敵ではないと思えた。すると扉が開いて優しそうな老齢の男性の声がノクターンの耳に入ってきた。
「目が覚めましたか!よかった。心配していたんですよ。メヌがいきなり血だらけの貴方を運んできたときは脈拍が薄かったものですから…」
「あんたは…?」
「私は…このスラム街で魔法医をしているものです。といっても技術も設備もこんなところじゃ充実していないもので簡単な処置しかできませんが」
「スラム街…魔法医…魔法?」
「ええ、魔法です。なにかおかしいですか?さほど珍しいものでもないでしょう、確かにここら辺では扱える人は少ないけども」
「いや…魔法って…」
この人は何を馬鹿な事を言っているのだろうと思った。それもそのはず、ノクターンは魔法を見たことがない。本で読んだような物語の中に出てくる夢のような力だと思っているからだ。他の人だって一般的な思考の持ち主ならば彼と同じことを考えるだろう。だがこの医者(?)は嘘をついている様子がまったく見受けられない。ノクターンが気難しい顔で考えていると老齢な男が口を開いた。
「んん?なにかかみ合わない感じですね。とにかく貴方は瀕死の状態で娘が発見してここに連れてきて私が処置し、丸三日間意識がなかったのです。」
「そうだったのか…。三日間も世話に…。すまん、今手持ちの金が少ないのだが…」
「いやいや、御代なんて要らないですよ。こんなスラムの中で医者なんてやってる物好きだ、趣味みたいなものです」
「はぁ…しかしタダというわけには…」
「ふむ…」
「それではどうしてもと言うのならば…娘、メヌエットの話し相手をしてやってほしい。このスラムじゃ娘と話をする同じくらいの年の子がいないのです。いつも仕事を手伝ってもらっていますが娘にはもっと別のことをしてほしい、学んでほしい。こんな場末の医者に縛られることはないのですよ。貴方はここら辺の人ではないでしょう?そのような恰好は見たことがない、かなり遠くの地からやってきたのではないですか?もしよければ旅のお話しでもしてあげて下さい。外の世界の話を聞けば興味が出てここを離れたくなるかもしれません」
「…構わないが彼女はどこにいるんだ?」
「今は薬草を調達しに行っている時間でしてね。ほら、丁度この時間帯にメヌが貴方を見つけてきたのですよ。いつも薬草を取りに行く森の近くの草原に倒れていたようでして」
「そうだったのか…」
なぜ自分の持っていたペンダントが光りだしたのか、なぜ自分が街の中からあのような草原に瞬間移動したのか、いまだに理解できなかったが今は命の恩人であるメヌエットなる人物にお礼が言いたい。そう思った彼はとりあえず彼女の会うことにした。
「貴方が寝ている間に一通りできるだけの処置はしましたがまだ完全には回復していないでしょうし無理はなさらないで下さいね。荷物もそこの机に置いてあります」
「ありがとう、医者殿。あなたの名前は?」
「ダンテと申します。それではお代のほう、よろしくお願いします」
そういうとダンテという名の医者は部屋のドアを開けてから「これから午後の診察があるので私は仕事に戻らせていただきますね」と言っておそらく診療所のほうへ向かっていったようだ。
彼が出て行ったあと自分のもっていた装備の確認をした。どうやら盗まれているものはなさそうだ。あの医者は心から善い人間なのだろうと確信できた。それも金が足りないのにスラムで開業医をし、見ず知らずの自分にお代は結構というほどの人間だ。相当なお人よしなのだろうと理解できた。
装備は盗まれていなかったがさすがにボロボロだった。追手から受けたダメージが相当な物だったとわかる、どこかで直すか新調しなければ。そう思うとノクターンはボロボロの装備をその場に置き、服だけ着て部屋を後にした。
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