キャラクター・ピース

5cmの巨人

スラムの街の交響曲 第一番「出会い」 第一楽章

 ノクターンと呼ばれるこの物語の主人公は汚れ仕事、つまりは暗殺を生業にしている。今の時代そんな仕事があるのかよと思うかもしれないが事実、彼はこの仕事で生活できるくらい稼ぎを得ているようだ。今まで仕事をこなして来た数は同業者の誰にも負けない。仕事に没頭するのは仕事が好きだからではない。いつの時代でも人を殺めることに罪悪感を持たない人間はただのサイコパスだ。ではなぜ彼は汚れ仕事をするのか?それは彼自身の記憶のためだ。


 彼は幼い時の記憶が欠けていて思い出そうとしても頭の中に無理やり霧を流し込まれた様な感覚が襲い、どうしても思い出せなかった。最初のうちは何回も思い出そうと努力していたが次第にこの霧を流し込まれた様な感覚が嫌になり、一時は自分から思い出そうとすることをやめた。それでも無意識に思い出そうとする時があるから自分で自分を嫌になったりもした。そんなとき彼が気付いたのが「仕事」である。「仕事」をしているときは不思議と過去のことを気にすることもなく原因不明の霧も出てこなかった。異常だと思うかもしれないが「仕事」をすることで現実逃避をしているのだ。


 しかし、やはり霧がかかった自分の記憶は多少なりとも気になる。理由はわからないがふとした時に頭の中の霧の一部が晴れるときもあった。そうして得た手がかりといえば物心付いたときから持っているペンダントの写真とそこに書いている謎の言語だ。ペンダントの写真、過去に撮影した記憶はいまだに霧がかかっているが見れば懐かしい感覚がする。そしてこの謎の言語、文字の発音は解らないのに単語の意味は解るという思い出せば思い出すほどますます意味不明な言語だ。様々な世界の言語と照らし合わせても当てはまる言葉は見つからなかった。そして、もっと手がかりを探すためにノクターンは今日も頭の中の霧をかき分けていくのだった。それがたとえ意味のないことだとしても。



                   §



 彼は非常に仕事ができる人間だった。そのためか仲間からはあまりよくは思われてなかったようだ、しかし彼は周りのことなど気にも留めなかった。霧のことを忘れられればそれでいいと、そう思っていたのだから。だがその結果組織は彼を邪魔だと判断したようで、仲間に下された次のターゲットは同志であるノクターン自身だったようである。仲間とはコミュニケーションをとっていない上に、仲間から見た自分は優秀すぎる仕事泥棒だ。そして現在は逃亡中の身である。だがそろそろ限界のようだ。追手から受けた傷で体内の血が足りなくなり思考が鈍り体が動かなくなってきた。追手の声も近くから聞こえる。


「ここで…終わりか…」


彼は己の最後を悟り肌身離さず持っていたペンダントを覗き込んだ。


「つまらん人生だったな…」

「せめて…次はここではない世界に生まれる事を願おう…」


 そうつぶやいた瞬間、ペンダントが閃光手榴弾でも放ったかのように強烈な輝きを放った。一瞬の出来事で頭の整理が付かない。自分はどうなったのか、追手はどうなったのか、ペンダントはどうなったのか。




 だんだん閃光に目が慣れてきたのか目を開けられるようになった、だがどうも状況がおかしい。今まで街中の路地裏にいたはずなのだが今はどこだかわからない草原のど真ん中にいる。


そして


一人の少女が少し離れたところに立っている。


それ以上のことは血を流しすぎて意識がはっきりしないのか把握できない。


(あれは…誰だ…ここは何処なんだ…いったい何が…)


(駄目だ…声が出ないし…視界もぼやけてきた…)


それも当然だ、これだけ出血していればそろそろ死んでもおかしくないだろう。彼は今、自分が死の瀬戸際に立たされている状況を理解していた。だが彼はこの死の瀬戸際の状況で、思ってもみない別の感情が頭の中に生まれていた。それは数秒前にノクターン自身が諦観した今までの人生の中で何よりも探し求めていた感情だった。


(なにか…なにか懐かしい感覚がする…)


そう感じとっていたがその感覚を長く感じることもなく彼に限界が訪れた。


(ああ…もう無理…だ……)


そう思った瞬間、視界がぐるんと回り意識が遠退きその場に倒れると目の前にいた少女があせった様子で駆け寄ってきた。そこで意識がなくなり、目の前が真っ暗になった。

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