スラムの街の交響曲 第一番「出会い」 第三楽章

 ダンテという医者に教えてもらった道を抜けてゆくと十分程度で小さな草原に出た。草原の奥には森というよりは小さい林程度の緑が生い茂っていて、その緑の入り口あたりに少女が屈んでいるのが見えた。三日も立っているから服は違うようだが確かにノクターンが気絶する直前に見た光景に立っていた少女だ。ゆっくりと近づいていくと彼女も採取が終わったのか立ちあがって振り向くとこちらに気がついた。


「あ…気がつかれたんですね。よかった…もう大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、君が助けてくれたと君の親父さんに聞いたよ。ありがとう。」

「い…いえ、医者の子としては当然のことですし、それになんだか懐かしいような…雰囲気を感じた気がして放っておけなかったんです。」

「そうか…」


「君の父親に君と話をして来てほしいと言われてな、お礼もしたいしここまで出向いたのだが、既に仕事は終わったのか?」

「はい、頼まれていた薬草は終わりました。話というのは?」

「君の父親は私のことを旅人かなにかだと思っているようで君に旅の話を聞かせてやってほしいと言っていた」

「そうだったんですか。父は私が診療所の手伝いをしていることをなにかもったいないと思っているようなんです」

「良い父親じゃないか、両親は大切にしないといけない」

「はい、父はとても賢くて私の憧れなんです。私が父の手伝いをしていることだって私が望んでやっていることなんです。それなのにもっと別のことに目を向けてほしいって」

「ふむ」


「私は物心ついたときから親などいなかったからな、親の温もりもしらんし、顔さえしらん。だからこういう暖かい悩みにはどう言ってやったらいいかわからんのだ」

「…ノクターン…さんはどこからいらっしゃったのですか?あまりここら辺では見かけない服装をしていらっしゃいますが」

「そうだな、イタリアという小さな国だがとてもにぎやかしい所だよ」

「…はじめて聞いた国の名前です。とっても遠くの国なのでしょうね」

「そうなのか?ここがどこなのか私にはわからないんだ。帰ったら地図か何かを見せてくれないか?」

「わかりました。でも不思議ですね、まるであの時ノクターンさんが草原にパッと現れた気がしたんです」

「気配を消すことはできるがあのときはそんな余裕はなかった。いったい何が起こったんだ…」


 しばらく話して診療所に戻るときノクターンは装備の代わりになるものを探すと言って彼女に教えてもらった市場のほうへ向かってみた。彼女は薬草が痛んでしまうので先に診療所へ戻っていった。


 やはりスラム街ではまともな装備はなかった、一応折れてしまったナイフを一本だけ購入して診療所へ戻ることにした。が、戻る逆の方へ向かってくる人が多い。会話もなにやら危機迫ったような感じだ。


「まさか今度は診療所とはな…」

「次はどこに目を付けられるのかしら…」

「気の毒だが俺たちの力じゃどうしようもないからなぁ…」


診療所という言葉が引っかかり嫌な予感が頭の中によぎった。


「なにかあったのか?」

「あんた見かけない顔だねぇ、旅人かい?今はここから先に行ったところにある診療所にいかない方が良いよ。厄介なことになっているからねぇ」

「厄介なこと?」

「あぁ、ここら辺のスラムは元々誰のものでもない自由な土地だったんだけど最近ここの土地を買ったって言うやつが現れてねぇ、もう好き放題やってるんだよ。うちらも逆らいたいのは山々なんだけどやつは屈強なボディガードで周りを固めててまったく歯が立たないんだ。街の四分の一はもうやつの根城みたいになっちまっててね、略奪を繰り返してるのさ。こんな何にもない所で略奪なんて何考えてんだか…」

「情報ありがとうっ」

「あっ、そっちは…いっちまったよ。足速ぇなぁ!」


(なんてことだ…。まだ恩返しもなんもしてないぞ…!)


嫌な予感は現実となって目の前に現れた。診療所には火が放たれ今にも燃え広がろうと大きな炎を風に揺らめかせている。

(無事でいてくれ…)

ノクターンは野次馬をかき分けて診療所の中へと飛び込んでゆく。止める声も聞こえたが今は躊躇している暇なんてない。


(いた!)


「ダンテさん!」

「旅の人…私はもう駄目だ、から…どうか娘を、娘を助けてやってくれ、奴らに攫われてしまった…」

「なんてことだ…」


「まずはあんたを運ばなければ」

「私はいい、悪い空気を吸いすぎた。外へ出ても助からないだろう。」

「あきらめるな!あんたはあの娘の親なんだろう!子に苦痛を背負わせるな!」

「あなたは…。わかりました…できるだけがんばってみます…」


 ノクターンはダンテを背負うと素早く診療所を出た。診療所から出た瞬間に炎がすべてを包み込み建物自体が耐えきれなくなって崩れだした。ノクターンの脚力でなければ今頃あの中でつぶれていただろう。

 安全な場所を探したが街中ではやつらがどこからくるかわからない。土地勘もきかないノクターンはダンテをとりあえず先ほどの草原まで運ぶことにした。


「すみません…、こんなことになるなんて…」

「いや、あんたが謝る必要はみじんもないだろう。それより私が戻ってくるまで死ぬんじゃないぞ」

「いかれるのですか…」

「…」

「先ほど弱音を吐きながら頼んでおいて言うのも何なのですが…あなたには拒否権もある、…こんな無謀なことをする意味はあなたにはない…お逃げください…」

「いやだね」

「…」

「あんたらには助けてもらった借りがある。それにここまで関わっておいて無視して逃げるなんて後味が悪すぎるにもほどがあるだろう」

「………ありがとうございます」


「…なんの役に立つかもわかりませんが…これを…持っていってください」

「これは?」

「様々なものを封じてある紙で、封呪符といいます…。こいつには先ほど火事を止めようとして封じた炎が入っています…。火の手が強くてこの程度の封呪符では封じきれませんでしたがね…ゴホッゴホッ」

「…」


ノクターンは魔法という言葉が未だに信じられていないがこの状況で彼が嘘をつくとは到底思えない。


「誰でも使えるものですので…その場で破っていただくと封じたものがその場で出て来ます…。封じたものが炎ですのでご注意を…」

「わかった、使わせてもらおう」

「やつらの根城は街の北東にあります…。どうかご無事で…」

「ああ、あんたこそ死ぬんじゃないぞ」


 そういってノクターンは「仕事」へと向かう。どこの地だかわからないこの街で、助けてくれた人を取り戻すために。

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