第7話 パラドクス
それは明らかな挑発だった。
俺は天野にナイフで刺されて殺された。
野郎がそれを意識しているのは明白だった。
だがそんな挑発を受けた俺は笑った。
おいおい冗談だろ?
すいぶん安っぽい挑発じゃねえか!
「あははははは! ずいぶん余裕がねえんだな!」
俺はここで精神的に優位に立った。
今まで怒りに満ちあふれてた頭はクリアになった。
こんな惨めな生き物が神だって?
ふざけんな!
こんなゴミ野郎が神のはずねえだろ!
俺はゲラゲラ笑う。
それを見て天野の姿をした神(笑)はブチ切れた。
「なんだてめえは! ああ? なんでお前だけが言うことを聞かないんだ? どこの世界でも神ってだけで人間はひれ伏すもんだろ?」
「うるせえバーカ。尊敬されたかったら神らしい行動をしやがれよ。そうじゃなければテメエなんて害虫と変わらねえんだよ!」
ねえねえ今どんな気持ち?
下等生物に心の底からバカにされるってどんな気持ち?
俺はスキップをする。
俺は完全に神を話術に嵌めていた。
場を支配しているのは俺なのだ。
「あはははは! ぶっ殺してやるぜ!!!」
顔を真っ赤にした天野が突っ込んでくる。
その手にはナイフが握られている。
神は頭の悪い中学生のような性格だ。
ナイフを持ったせいか勝てると思いこんでいやがる。
神がナイフを振り回す。
俺の腕がすぱりと切れ、血があふれ出した。
だが俺は止まらない。
傷は筋肉や動脈を傷つけてはいない。
俺はまだ戦えるのだ。
俺は天野のナイフの一撃をサイドステップで避ける。
打撃系の格闘技と同じだ。
ギリギリまで引きつけて避ける。
そうすれば相手に隙ができるのだ。
俺はナイフを避けると天野がバランスを崩す。
今だ!
俺は天野の腹にヒザ蹴りをかます。
「げふッ!」
天野の姿をした神の体がびくりとはねた。
俺はそれだけではすまさない。
後頭部に肘を落とす。
そのまま今度は両腕で首を挟むと、もう一度腹にヒザ蹴りをぶちかます。
そしてそのまま神の首を捻りながら神を放り投げた。
「オラァッ! ナイフ程度で俺を殺せると思うんじゃねえぞ!」
神がナイフで俺を突き刺そうと起き上がってくる。
俺は起き上がってくる天野のそのツラを蹴飛ばした。
ナイフがカランと落ちた。
俺はスパナを手に襲いかかる。
そして何度も殴りつける。
俺は容赦なく神を殺す。
「ぷ、プレイヤーセレクト……」
瀕死の神がそう言うと天野に扮した神が消える。
そして新たな敵が現れる。
財前だ。めぐみではない。
怪獣デブの財前だ。
「まだまだ!」
さらに敵が現れる。
やはり田牧だ!
わからない。
必死すぎる。
神は必死すぎるのだ。
なぜここまで神は必死なのだろうか?
またこちらから話術に嵌めてやろう。
「……おい神」
「なんだ?」
「勝利条件はなんだ?」
考えられるのは勝利条件だ。
「どちらのだ?」
これは詐術だ。
勝利条件が異なっているとは考えられない。
勝利条件が異なっていては勝負にならないからだ。
だがここは引っかかってやろう。
「お前の勝利条件だ」
財前と田牧がやれやれとかぶりを振った。
そしてそのまま近づいてくる。
俺はいつでもスパナでぶん殴れるようにしておく。
二人が俺の間合いに入った。
二人とも濁った目をしている。
あれは俺の憎んだ二人の目だ。
「お前の心をぽっきり折ることだよ! 教えてやるよ。なぜコイツらがお前を虐めたのかをな」
それは神が隠し持っていたカードだった。
俺は主導権を握られた。
相手の話を聞いたら主導権を握られてしまう可能性があるってわかっていたのに!
「言えよ……」
俺はどうしても聞かずにはいられなかった。
二人の顔が同じようにどこまでも下卑た嫌な笑顔になる。
「俺は三人とゲームをした。お前の心を折るほど虐められるかを賭けたんだ」
俺は問答無用で持っていたスパナで田牧を殴った。
田牧は倒れ、財前だけが嫌な笑顔で笑っていた。
俺は財前の方を向く。
「条件はなんだ? 誰を……人質に取った」
人間はこれ程までに醜い顔ができるのだろうか。
それ程までに財前は醜い顔をしていた。
俺はスパナを振り上げる。
「お前だよ! お前を人質に取った。お前は記憶にないだろうがな! あははははははは! お前は三人を敵だと思ってたんだろ? 笑えるぜ! お前は三人に守られてたんだよ!」
俺のスパナを持った手がピタリと止まった。
「あはは! 死ね!!!」
動きの止まった俺の顔に財前の拳が叩き込まれる。
巨体から繰り出される拳の威力は俺のスパナすら凌駕していた。
まるで岩を顔に落とされた気分だ。
しかも俺は完全に隙ができていた。
攻撃を受け止める用意ができていなかったのだ。
こんな大きい隙を突かれると人間ってのは脆いものだ。
俺も同じだ。
俺の回避技術。
それは逆に言えば俺はタフじゃないって証拠だ。
俺の意志は暗転した。
ああ、クッソ……
◇
まどろむ意識の中、俺は映像を見ていた。
中学生のときの俺の姿をした神が、俺が倒れているこの教会でなぜかこの世界の三人にゲームを持ちかけていた。
「いいか? あのクソ野郎の心が折れるまで追い込むんだ」
めぐみが涙目になる。
「で、でも……」
神はあの嫌な笑顔で笑う。
「やれ。さもなければ御影一颯は全ての世界から消滅させる。この世界も終わらせる」
天野麗が怒鳴る。
「なぜだ! なぜそこまでする! なぜ執拗に御影を追い込むんだ」
神は嗤う。
「お前は許せるか? 自分を殺せるバグキャラが生まれてしまったことを?」
田牧美沙緖が声を上げる。
「バグキャラ……ただそれだけで世界を滅ぼすの!? なにを考えてるの!?」
神はゲタゲタと不快に嗤った。
「俺は
「そんなの嫌! 酷いよ……」
めぐみが泣き出す。
それは神の嗜虐心に火をつけた。
「めぐみちゃあん。今からお前は御影一颯を毎日殴るんだ。大丈夫だ。そのうち慣れる。そしてだんだん、だんだん心が壊れていく。心が壊れていくたびにお前の魂は俺のものになる。そしてお前はなにも考えられなくなる」
俺の手に力が宿るのがわかった。
この野郎のツラに拳をぶち込みてえ。
神は今度は天野に向かってゲラゲラと嗤いながら話しかけた。
「麗。お前も同じだ。愛する御影を殴れ蹴れ。心を折ればお前もそこの二人も、御影一颯の命も助けてやる。お前は俺の手駒だ。永遠に、全ての並行世界でな」
天野は噛みつきそうな顔をすると唇を噛んだ。
俺の足に力が宿る。
神は今度は田牧へその嫌らしい笑みを向ける。
「考えてるな? 無駄だ。お前らは俺には勝てない。永遠にな。御影一颯が存在する限りお前らは俺の奴隷だ」
田牧は下を向いてブツブツとつぶやいていた。
その時俺は理解した。
この世界が元の世界なのだ。
3人が虐めたのは神に強要されたから。
そして人質は俺。
俺を守るために3人は男になったのだ。
この野郎! 絶対にぶっ殺してやる!
俺は叫んだ。
「てめえ! そいつらを開放しやがれ!!!」
そして俺は目覚める。
◇
拳が振ってくる。
顔に岩を落とされたような衝撃。
俺の意識が遠くなる。
俺は俺に馬乗りになった財前に殴られていた。
ああ、そうか……財前……お前は神の奴隷にされた財前なんだな。
俺はドロドロになった意識のまま、財前の振り下ろした拳を受け止める。
「なんだと!」
神の驚く声が聞こえた。
うるせえ。
これから度肝を抜いてやるぜ!
そのまま財前の体をひっくり返す。
そして財前の後ろに回ると首に腕を巻き付けた。
財前が暴れる。
財前は立ち上がり、背中にいる俺を潰そうと背中を壁にぶつける。
ボキリという音が体から聞こえる。
肋骨が折れたのだろう。
さらに何度も俺の体が潰されるが俺は腕を放さない。
締め落としてやる!
何度も俺は壁に叩きつけられるが、それでも俺は財前の首をさらに強く締めあげる。
そして財前の体から力が失われる直前だった。
「ありがとう」
その言葉を残し、財前は意識を失った。
そして神の声が聞こえる。
「ラストバトルだ!」
そうして最後の敵が出てきた。
それは……俺だった。
20歳当時の俺だったのだ。
そうか俺もゲームに負けたんだ。
そして野郎の奴隷になったのか……
時間軸が錯綜している。
じゃあ、俺は一体その時間軸の存在なんだ?
なぜこんなにも神を憎んでいるんだ。
どうして俺は3人を人質に取られたことにこんなにも激怒してるんだ?
それは矛盾だった。
俺の存在そのものがパラドクスだったのだ。
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