第5話 神
誰だ!
相違点を見つけるとか言ってたやつは!
なんにも見つからねえじゃねえか!
俺は地団駄を踏んだ。
そこはいつもの喫茶店。
俺は三人と一緒にいる。
あれから歴史に政治に経済に調べまくったが大きな違いはなかった。
周辺国の首脳陣は記憶と同じだし、俺の過ごした8年前と同じニュースが流れている。
ビットコインの方はまだ論文が発表された段階だった。
稼働するのは来年なのだ。
天野と田牧め!
知ったかぶりしやがったな!
ふう、危うく恥をかくところだったぜ!
「どうしたの?」
俺がブツブツ言っていると田牧が俺に声をかけた。
髪をおさげにした眼鏡の地味印象の女子だ。
なんとなく文芸部にいそうな女子だ。
俺の記憶ではさわやか男子を装った陰湿メガネだったはずだ。
……なんかムカついてきたぞ。
「ところで、昨日の喧嘩はなんのつもり?」
「どういう意味だ?」
「御影は圧倒的に強かった。だったら戦いそのものを回避することが可能。めぐみにいい所を見せたかった?」
「違う。自分が戦えるかを試してみたんだ。8年前とは背も体重も違う。間合いも違うから戦えるかが不安だった」
「戦う必要があるの?」
「わからない。だけど選択肢としては残しておく必要がある」
「それで成果は?」
「鍛える前の体の弱さに文句を言っても始まらないが、体の柔軟性とスタミナが圧倒的に足りない。」
「どうやら御影は血の気の多いタイプのようだな」
天野はそう言うとコーヒーを飲んだ。
少し嫌そうなニュアンスを受けた俺は少しだけイラッとした。
すぐナイフを抜くお前に言われたくない。
「天野っちは喧嘩とか嫌いだもんね」
めぐみがニコニコしながら言った。
俺はポリポリと頭をかいた。
どうにもキャラが違う。
天野は喧嘩の嫌いなチビッ娘。
財前めぐみは天然ふわふわ女子。
田牧は文化系真面目少女、ただし守銭奴。
それに比べて元の三人はと言うと、天野はすぐにナイフを抜くファンキーヤンキー。
財前は暴力系怪獣デブ。
田牧は陰険メガネだ。
どうにも印象が違う。
なんだろうね?
この違いに何か意味があるのだろうか?
こうしてその日も解散になったわけだ……だがその夜のことだった。
俺は惰眠を貪っていた。
20歳の俺はやや不眠症気味だった。
ストレスもあるだろうが、ゲームやらSNSやらで時間を潰すサイクルができてしまっていたのだ。
ダメ人間だね。
ところがこの体は暗くなったら睡眠を欲するようにできているらしい。
これが健康な体というやつなのだろう。
俺も本能に逆らう理由はないから素直に睡眠を取っていた。
そのときは夢は見ていなかったと思う。
「起きろ……」
どこかで声が聞こえた。
俺は無視して眠る。
中学生の眠りを舐めてもらっては困る。
「起きろって!」
揺さぶられた。
「誰だ?」
俺は目をこすりながら起き上がった。
そこは俺の部屋ではなかった。
そこは木のある草原だった。
溶けた時計が木にぶら下がって……ってダリの絵かよ。
なんだろうか、このオリジナリティのない陳腐な世界は。
「趣味がいいだろ?」
声がした。
俺は声の方を振り返った。
そこにはわざとらしく鎮座する玉座に座る天野がいた。
今のチビッ娘天野ではない。
ファンキーヤンキーの方の天野だ。
「……誰だ?」
俺は天野のような何かを正面に見据え、草の上にあぐらをかいた。
「案外慌てないんだな?」
「さあ? どうかな?」
俺は曖昧に答えた。
正直自分でもわからなかったのだ。
俺はこの天野をどうとらえるかを迷っていたのか。
俺の天野への潜在的恐怖が生み出した夢かもしれないし、なにかの超自然的な現象かもしれない。
「お前はこれはただの夢だと思っているようだ」
演技かかった仕草で天野は俺に言った。
なんだろうか。
無性に殴りたい気分だ。
「どうだ? 人生をやり直した気分は?」
「あまりにも違いすぎて感想すら持てない状態だ」
「そうか。それは良かった」
天野は心の底から楽しそうな顔をした。
こいつ馬乗りになってひたすらぶん殴ってやりたい。
「それでお前は誰だ?」
「そうだな。陳腐な表現だが『神』とでも名乗っておこうか」
「『神』ね。死ねよ」
「普通は君ら下等生物は無条件でひれ伏すものなのだがな。まあいい本題に入ろう。天野麗、財前恵、田牧美沙緖の三人の命は預かった。助けたければこちらの言うことを聞け」
「どういう意味だ?」
「良く思い出せ。お前は最後に何を見た?」
俺はよく考えた。
壊れる居酒屋。
外に飛ばされる同級生。
なにかが怒っていたのは確かだ。
「世界の終わり」
「そうだ。そのセーブデータは消した」
「セーブデータ?」
「お前らもキャラのビルドを失敗したらやり直すだろ?」
「ゲームと同じだって言うのか?」
「ああそうだ。いろんなプレイで遊ばせてもらってるよ。キャラの性別を入れ替えたりとかな」
俺は腹が煮えくりかえるほどの怒りを覚えた。
人の人生をもてあそびやがって!
俺は拳を握りそのツラに拳を叩き込む。
なあにイラついたからだけじゃない。
ダラダラ相手の戯言を聞いて、相手のペースにはまる。それが一番危険だ。
その点、この場でコイツをぶっ殺せば三人の命を助けることもできるはずだ。
実にシンプルかつ合理的だ。
だが俺の拳は空を切った。
「さすが下等生物。野蛮この上ないな。言っておくが前の拳は俺には当らない。当てる方法は存在するがな」
「そうか殴らせろ」
早くそのにやけたツラに拳を叩き込みたいぜ。
「焦るな。俺はお前に言うことを聞かせたい。お前は俺を殴りたい。オーケー、俺たちの利害が一致する方法がある。もちろん三人も助けてやる」
「言ってみろ」
言ってる最中にぶっ殺してくれる。
「俺とゲームをしろ。格ゲーでもFPSでもそれこそ卓球でもサッカーでも殴り合いでもいい。好きに選べ。俺に勝利すればお前は俺と同じ高位次元の存在になることができる。俺を殴ることもできるだろう。三人を救うこともできるし、このセーブデータをを守ることもできる。前のセーブデータを救うこともできるだろう。どうだ? 俺と遊ばないか?」
「俺は……」
「なんだ野球か? バスケか?」
「殴り合いに決まってるだろ」
俺がはっきりそう言うと、俺はいきなり覚醒した。
目が覚めると俺は自分の部屋にいた。
これは夢なのか?
ぐっしょりと背中が汗で湿っていた。
俺は電気をつけようと起き上がった。
ベッドに手を突くと痛みが走った。
「痛ッ!」
俺は腕を触った。
なんだか粘ついている。
俺はその粘ついたものがついた自分の指を目の前に持ってきて確かめる。
血だ!
慌てて俺は電気をつける。
俺の腕に傷ができていてそこから血があふれ出していた。
俺はティッシュペーパーで腕を拭く。
『逃げたら女を殺す』
腕にはそう書かれていた。
俺はティッシュをぐちゃぐちゃに丸めると怒りのあまり床に叩きつけた。
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