第4話 相違点

 放課後、めぐみと一緒に学校近くのカフェへ向かう。


「ねえねえ。天野っちとなに話すの?」


 ニコニコしながらめぐみが俺に聞いた。

 最初はむくれていためぐみも『一緒に行こう』と言ったら途端に機嫌が良くなった。

 女の子はよくわからん。カオスの極みだ。


「ああ、こないだのことだ」


「記憶喪失の話ぃー?」


 めぐみが嫌そうな顔をする。


「本当に記憶がないんだよ! 信じてよ、めぐみちゃん!」


「だってー、私たちが男っておかしいじゃない」


「めぐみ、俺の知ってる世界では財前啓輔は身長198センチの金髪ヤンキーだ」


「私、170センチしかないもん!」


 めぐみはそう言って怒った。

 俺はめぐみをじっと見る。

 この嘘つきが。


「ひゃ、175センチかな?」


 めぐみが目をそらす。

 俺はそんなめぐみをじっと見る。


「178センチだな」


「いぶきの意地悪!」


 めぐみがむくれた。

 からかうと面白えな。

 俺は機嫌が良かった。

 こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。

 だが俺は忘れていた。

 端から見ればカップルがいちゃついているようにしか見えないのだ。


「ようお前ら。なにいちゃついてるんだよ」


 明らかに嫉妬のこもった声が聞こえた。

 坊主頭を頭の悪そうな赤に染め、耳や鼻にピアスをした男が話しかけてきた。

 明らかに喧嘩腰だ。

 もう一人、金髪の男もニヤニヤしながら近づいてくる。


「なあなあ、君ぃそんなチビじゃなくて俺たちと遊ぼうよ」


 二人を露骨に俺に喧嘩を売ってやがる。


「そうだよ。遊ぼうよ。そこのドチビは放っておいてさ」


「るせえぞこの包●野郎どもが」


 俺はにこやかに言った。


「てめえなんつった!!!」


 顔を真っ赤にして赤髪が怒鳴った。

 気にしてたのね。ちょっとごめん。でも死ね。

 赤髪は俺に殴りかかってくる。

 なんだお前らは目が合ったら襲いかかってくる生物か。

 赤髪の大ぶりのフック。

 俺は状態を逸らす、いわゆるスウェーしてフックをわざとギリギリで避ける。

 そのまま軽やかなフットワークでサイドに回る。

 ほいほーいっと。


「おっせーぞ」


 俺は挑発のために赤髪を軽く突き飛ばす。

 赤髪がムキになって殴ってくる。

 俺は上半身の動きだけでパンチを避けていく。


 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!!


 たった十秒で赤髪の息が乱れてくる。

 そしてパンチが遅くなったのを確認して、フックの下をくぐり懐に潜り込む。

 そして息を吸ったのに合わせて鳩尾にボディブローをねじ込んだ。


「ぐぶッ!」


 赤髪は腹を押さえて寝転がった。

 ボディブローとカウンターのローキックは慣れてないとキツいんだよね。


「次はそこの金髪ちゃん。やろうぜ!」


 実はコイツは嘘だ。

 俺の体は鍛えていない。

 いくら脳が戦闘方法を知っているからと言ってフィジカルの弱さはいかんともし難い。

 戦闘での連続稼働時間は1分程度だろう。

 それくらいしかスタミナが持たないのだ。

 クソ! 走り込みをしなければ……


「く、クソッ! 覚えてろ!」


 もちろん覚えているとも。

 次回も実験の被験者になってもらおう。

 俺はめぐみを見た。


「大丈夫か?」


 めぐみはぽかんとしている。


「私の知ってるいぶきじゃない……」


「だから言っただろ」


 こうしてようやくめぐみは俺の話を信じたのだ。



「それでね! 凄かったんだよ!!!」


 めぐみが鼻息を荒くして語った。

 そこは喫茶店の店内。

 俺の目の前には天野と田牧がいる。

 二人にめぐみは興奮した様子で俺の戦いを語った。

 実はこの時、俺は面食らっていた。

 女の子の目の前での喧嘩だ。

 ドン引きされると思ったのだ。


「あのね! いぶきがパンチをこう全部避けちゃってさ……」


 めぐみは身振り手振りを交えて説明する。


「そうかめぐみ。それで御影は、今までなにか格闘技をやっていたのかな?」


 天野がめぐみに聞いた。


「やってないよー! いぶきのママがむりやりやらせた剣道だって三日で逃げ出したもんね」


「なぜ知っている」


「一緒にやってたじゃん!」


 この辺の記憶は曖昧だ。

 確かに逃げた記憶はある。


「そうか。じゃあ御影。君はどこで格闘技を学んだ?」


 今度は俺に質問だ。


「駅の近くに一階と二階が寿司屋ってビルがあるだろ?」


「ああ、あるな」


「次の冬に食中毒を出して潰れる。その後に一階が介護事業所、二階がNPOの事務所になる。一階、二階共に経営者は同じだ。俺はそこのNPOで格闘技を習ったんだ」


「すいぶん具体的だな。なぜそこを選んだんだ?」


「そこのNPOは健康増進名目で市から補助金が出るから学生は習いたい放題で月謝が1500円なんだ。9月の選挙で市長が変わるんだが、代表は市長と同じ一族らしい。まあなんにせよ安いことはいいことだ」


「……なるほど。理屈は通っている。それで何を習ったんだ?」


「しいて言えば総合格闘技。ボクシングやキックも習ったけどな」


「しいて言えば? どういう意味だ?」


「常連に暇を持て余したインストラクターが何人もいてさ、そいつらに片っ端から習ったんだ」


「なにをやってるんだ君は……」


「若かったんだよ」


 『お前らに復讐するために必死だった』なんて言えないので俺はごまかした。


「若いか……君の記憶ではいったい君はいくつだったんだ?」


「20歳。俺には8年分の記憶がある」


 俺がそう言った瞬間、田牧の目が光った。


「どの株を買えばいい? 宝くじの番号でも競馬の大穴でもいい」


 田牧はそういうタイプか。

 この俗物が。


「ああ、今年の9月に金融危機が来て、その後も災害続きで数年は株が下がり続ける。そこから上がるから買うなら2012年の下半期までに株を買え。具体的な銘柄は知らん。今だったらビットコインでもいいぞ。ただし東京の取引所は使うな」


「……彼の話は具体的。本当だと思う」


 田牧は真剣な顔で言った。

 俺のうろ覚えのニュース知識に騙されるとは……

 ちょろいなコイツ。


「ふむ……本当のようだな。少なくとも御影はそう本気で信じているようだ」


「だろうな。すぐに証明する手立てはないな」


 ちびっ娘天野は賢いようだ。


「だが御影、君の話は具体的だ。いいだろう。我々はどうすればいい?」


「ああ、俺の記憶とこの世界の相違点の情報が欲しい」


 俺は真剣な顔でそう言った。

 三人以外にも相違点があるはずなのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る