終焉のパラドクス
藤原ゴンザレス
第1話 ループ
まあそこそこレベルの大学生。
特技、格闘技。
ガタイは細マッチョというやつだ。
肩幅のわりに体脂肪は少ない。
顔はフツメン……と思いたい。
長年のストレスのせいか少し顔つきはキツい。
いやそれだけじゃわからない。正確に描写しよう。
顔はやや色白。
それでも焼けないわけではない。
髪の毛は短髪。
色は染めてない。
そこにカジュアルブランドのインテリっぽい眼鏡をかけている。
眉毛は野暮ったくならないように手入れをしている。
鼻は鼻筋が通っていて、鼻の穴も大きくも小さくもない。
唇は厚くも薄くもない。
均整が取れている。
あごのヒゲは薄い。
もみあげもおかしくはない程度の長さだ。
全体的に見ればほとんどのパーツが整っている。
なのに目だけは異様に鋭い。
この目だけで暴力を生業とする職業の方に見える。
ラブクラフト的に言えば「形容しがたい三白眼」だろうか。
なにせ夜中に鏡に映った自分の顔にビクッとするほどだ。
そんな俺には友人は少ない。
友人はいないけど実は美少女だらけのハーレム、なんてものは作ってない。
友人を作るのが苦手なのだ。
女子となんて妄想内ですら会話が続かない。
そんな俺は今、似合わない場所にいる。
俺の周りには楽しそうに笑う幾人もの男女の姿。
俺はそれを見て「ケッ」と毒づく。
「お前感じ悪いぞ」なんて言わないでくれ。
これには理由があるんだ。
俺はヤツらにいじめを受けていた。
なあに3年間サンドバッグにされただけだ。
よくあることだ。
でもよくあることでも許すか許さないかは別問題だ。
俺は許していないし、同級生全員に良いイメージを持っていない。
かといって商売の相手でもなければ、借りもない。
だから当然のように態度は悪いのだ。
さて、俺が今いるところ居酒屋。
テーブルには冷凍食品の枝豆や唐揚げ、それに半分凍った刺身が並ぶ。
はっきり言ってまずい。
さらに料理の側にはカクテルやビールが並ぶ。
それをひたすら飲みまくる頭の悪い生き物たち。
俺の中学の同級生だ。
そこは同窓会だった。
中学卒業から五年、やつらは俺の予想通りの人生を送っている。
くわえタバコに襟足を長くした金髪、さらには
立派なDQNだ。
そんなDQNの王様が俺の目の前にいた。
すぐにナイフを出すファンキーヤンキーだ。
目が合うと俺は右腕を引っ掻いた。
俺の腕には『犬』と書かれた傷が残っている。
天野にナイフで彫られたのだ。
こいつは俺は天野に屈したという烙印だ。
俺は天野に微笑んだ。
これからがお楽しみだ。
そろそろわかってきた人もいるかもしれない。
俺がなんのためにここにいるかを。
ぶっ殺すためだ。
天野の野郎を。
みっともないと思うかもしれない。
でも俺にはこのプロセスが必要なんだ。
温かい目で見てくれ。
クズだっていいじゃない。
俺が幸せならば。
さて、もう一人のDQNを紹介しよう。
天野の横にいるデブだ。
身長198センチ。体重130キロの怪獣だ。
ひげ面で頭の悪そうな襟足を伸ばした北関東風の金髪。
ただでさえ下品な顔にサングラスをかけている。
隣にいたら恥ずかしい生き物だ。
そういやコイツによく殴られたっけ。理由もなく。
そんな財前はニコニコと上機嫌だった。
俺にも笑いかける。
まるで中学時代に俺と友情をはぐくんだかのように。
その笑顔を見て俺は少しだけ恥ずかしくなった。
コイツらを殴ろうなんて、まるで俺だけ成長してないみたいじゃないか。
でも俺はすぐにそんな邪念を振り払う。
そもそも俺が歪んだのもコイツらのせいじゃねえか!
クソッ! 死ね!
俺は心で毒づきながら財前にも笑顔で返した。
ぶっ殺そうと思うと精神的余裕が出るものだ。
さてもう一人。
田牧は一見真面目系だ。
眼鏡の優等生。
でも一皮剥けば人の腹を殴るのが好きなサディスト野郎だ。
嗚呼……コイツの眼鏡をぐちゃぐちゃに壊してやりたい。
たぶんコイツは眼鏡が本体のはずだ。
田牧と目が合った。
俺は笑顔で返す。
馬乗りで殴る想像をしながら。
俺が話しかけはしないが愛想良くしていると、財前が話しかけてきた。
この肉団子が!
「おー! 我が親友、御影っち!」
正直に言おう。
俺はこの瞬間にキレた。
この調子のいいにやけヅラを見たからではない。
首に光る金色のネックレス。
それを見た瞬間に、俺の中でなにかが弾けた。
俺の中の野獣が開放されたのだ。
財前が俺にビールを差し出した。
酌をするつもりらしい。
俺はコップを差し出す……ふりをして財前の顔に思いっきり投げつけた。
「ガッシャーン!」と音がし、グラスが砕け散る。
財前の顔が破片で血だらけになる。
財前は呆然としていた。
俺はそのまま立ち上がった。
反撃はさせない。
俺は財前に襲いかかる。
呆然とする財前に馬乗りになり上から肘打ちを浴びせる。
何度も何度も。
女子の一人が「キャーッ!」と悲鳴を上げる前に財前は鼻血を流しながら白目を剥いていた。
それは完全に戦闘不能だった。
俺は次に立ち上がってビール瓶を手に取る。
近くの女子が叫びながら逃げた。
だが俺には関係ない。
そのままビール瓶を振り上げて田牧に突進する。
そしてそのドタマにビール瓶を振り下ろした。
ゴツリと嫌な音がした。
ドラマみたいに瓶は割れないのだな。
知らなかったぜ。
俺はそんな事を思いながら数回殴る。
田牧は財前より簡単に戦闘不能になった。
よし、最後は天野を血祭りにあげれば終わりだ!
間抜けな俺はここで、こんないい所で油断した。
次の瞬間だった。
背中に痛みが走った。
ごつり。
それは棒で殴られたような感触だった。
一度だけではなかった。
何度も何度も棒で突かれる。
動かなくなるまで殴る。
実に実戦的でいい判断だ。
でもまだ動け……
だがふんばりが効かない。
なにかがおかしい。
それが棒ではなくナイフだって気づいたのは、どばあっと何かが背中から流れたのを感じたからだ。
こりゃ俺の血だ。
そうわかった瞬間、攻撃者もわかった。
ファンキーヤンキー天野くんだ。
後ろからナイフでメッタ刺しにされたのだ。
ああ、クソッ!
俺はなにをやってもダメなやつだ!
人生の大事なイベントで失敗するなんて……
俺の体から急激に力が抜けていく。
筋肉がピクピクと痙攣するのに自由に体を動かせない。
頭はクラクラし、ヒザからかくんと力が抜けた。
ああ、俺は死ぬだろう。
俺の本能がそう叫んでいた。
だが俺はもう一つ、妙な事に気を取られていた。
天野がなぜか俺の手をつかんでいた。
短く刈り込んだ金髪が見えた。
天野はそのナイフ傷がある顔をくしゃくしゃにして泣いている。
ちょ、近い!
やめろ! その顔を近づけるな!
つうかね! お前、いつものクールな態度はどうしたんだよ? キャラが崩れてるぞ。
だが天野はあくまでキャラを崩したまま俺の手を強く握って俺に怒鳴った。
「クソ! あの野郎騙しやがった! 御影、今から俺の言うことを聞け! この世界はもうすぐ滅びる」
なに言ってんのお前?
俺は死にかけているというのにツッコんだ。
この時ほど自分のツッコミ体質が憎らしかったことはない。
ツッコミを入れようと手を伸ばした。
なにを考えてるんだ俺。
そんな俺に天野は真剣な顔をして怒鳴る。
「次はお前の番だ! わかったな?」
だから意味わかんねえよ!
天野ってこんな電波野郎だっけ?
「目が覚めたら本物の俺を守れ。わかったな?」
だからてめえ、なに言ってるんだよ!
殺すぞ!
ああ、クッソ!
最後に一発殴ってやる!
俺は拳を握る。
だがもう手にも力は入らない。
闇が視界を蝕んでいく。
ああ、血を失いすぎて酸欠になったのか……
俺はどんどん闇に飲み込まれていく。
「きゃああああああああッ! どうして? なにがあったの!? どうして……私の手が消えてるのおおおおおッ!」
なぜか俺の耳には女性の悲鳴が聞こえる。
次の瞬間、ガラスが割れ、テーブルが宙に浮いたのが見えた。
突風が吹き、男性が外に吹き飛んでいった。
どこか遠くでも金切り声が響いている。
なにかたいへんなことが起きているのだけはわかった。
世界が本当に滅んだのか?
それはわからない。
だって俺は次の瞬間には完全に闇に落ちたから。
◇
目が覚めた。
どうやら実家らしい。
寝汗で首がべたべたしていた。
俺はナイフで刺された箇所をまさぐった。
なにもない!
ということは夢か。
あれは悪夢だったのだろうか?
確かに中学時代の悪夢は数日おきに見る。
だけどこんなに鮮明なのは初めてだ。
俺は悩んだ。
どうやら俺は復讐に囚われすぎたのかもしれない。
そのせいで少し精神が追い込まれているのかも知れない。
おれは起き上がって鏡を見た。
きっと酷いツラを晒しているだろう。
薄いヒゲ。
いやヒゲはない。
痩けた頬。
髪はボサボサ。
鼻まである前髪の隙間から血走った目が見えた。
怖ッ!
って、ん?
俺は顔の違和感に気づいた。
髪型が違う。
ここ数年は髪を短く刈り込んでいたはずだ。
俺は腕を見た。
なんだこの細い腕は。
次に手を見た。
拳ダコがない!
俺は前髪を持ち上げる。
まぶたの上にグローブでこすって切った傷がない!
いったい俺は誰なんだ?
そして次の瞬間、ようやく俺は気づいた。
前髪を上げる俺。
それは12歳の俺。
中学に入学したときの俺だった。
オイコラどうしてこうなった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます