第9話 神殺し

 俺が神にナイフを突き立てた瞬間、俺は居酒屋にいた。

 嫌な顔をした俺が酒を飲んでいた。

 やはり3人の記憶のときと同じで俺は傍観者だった。

 俺の近くには人影があった。

 なんだかボケている。

 本当に影のようだ。

 おそらくあれは神だろう。

 俺が殴り合いを始める。

 俺が刺されると同時に神らしき影が頭を抱える。

 そして傍観している今の俺に近づいていく。


「ユルサンゾ」


 どういうことだ?

 はじまりはあそこなのか?

 俺は元の世界で神の駒だった。

 だがそんな俺が折れなかったせいで神はゲームに敗北したのだ。

 いや、これははじまりではない。

 はじまりならこんな手の込んだ手を使う必要はない。

 もっとシンプルに俺と勝負をすればいい。

 ちょうど今のような……


 そうかここがはじまりなのか!


 だとしたら俺は一体……どの時間の俺なんだ?

 俺がどの時間の俺でも矛盾は全てに及ぶ。

 時系列は矛盾に満ちている。

 そして20歳の俺がいた世界が闇に飲み込まれていく。


 気がつくと俺は元の教会に戻っていた。

 予想通り傷は消えていた。

 目の前に影がいた。

 これが神の正体なのだろう。


「またセーブデータが消えた」


 ジジジというノイズと共に不快な声が聞こえた。


「消えたって言ったな? 消したじゃなくて」


「消えた。運命に飲み込まれる。俺も世界も……お前も……女たちも……」


「どういう意味だ?」


「俺はお前に殺されもうすぐ消滅する……お前に俺の本心を言わないのがルールだったんだ……俺はお前や女たちや世界を救いたかったんだ!」


「……」


 俺は黙った。

 嘘くさい。

 神の手が霧散していく。


「ああ! もうダメだ! この世界は終わる! 神がいなくなったらkじょの世界は終わる!!!」


 ジタバタとし始めた。


「ああ、最後のお願いだ。この世界を救ってくれ!!!」


 俺は疑惑の眼差しを向ける。


「ああ……そんな疑いの眼差しを向けないでくれ……これが最後だ……本当に最後なんだ……選んで欲しいだけなんだ」


「言って見ろ」


「今から新しいセーブデータを作る……選んでくれ。3人を犠牲にしてこの世界を維持するか……お前とこの世界の消滅と引き替えに3人を助けるか……」


 そうきたか。

 俺は悩んだ。

 これは新しいゲームだ。

 どちらかを選択するゲームだ。

 神は俺の心を折りにきている。

 心をえぐるつもりだ。


「犠牲ってのはどういう意味だ?」


「再生不可能な消滅だ! さあ選べ! 俺が神である限り二つの選択肢しかない!」


 神が笑った。

 2つの選択肢。

 そのどちらを選んでも負けるゲームだ。

 本当に小学生のような手を使ってきやがった。

 俺は考える。

 ここで勝つためには3人を犠牲にして世界を維持すればいい。

 確実な勝利だ。

 だが3人は消滅する。

 逆に3人を犠牲にすれば3人は助かるかもしれないが、ゲームには確実に負ける。

 また「全員救って俺も犠牲にならない!」という選択肢もあるかもしれないが、それを選んだ瞬間に自動的に敗北が決定するかもしれない。

 うかつな選択肢を選べば全員破滅だ。


 神は俺の胸倉を掴んだ。

 影なのにニヤニヤしているのがわかる。

 影のニヤニヤがわかる……?

 おいちょっと待て、なぜ影に胸倉をつかまれてるんだ?

 どういうことだ?

 神は高位の存在じゃないのか?

 俺は神の顔を見た。

 影の部分が霧散して、顔が見えてくる。

 嫌な顔をしたショボくれた男だった。


「さあ! どうする? 誰を助ける?」


 俺の脳裏にある考えが浮かんだ。

 だが……これは一か八かだ……


「さあどうするんだよ? 男だろ!?」


 チンピラの言い分だ。

 まるで焦っているかのようだ。


「ああ、まだ決心がつかないか……この優柔不断野郎……じゃあ、見せてやる」


 神は俺の胸倉から手を離し手を振り上げた。

 空間に映像が浮かぶ。


「今、3人は地獄にいる……さあその声を聞いてくれ」


 全身を血だらけにしためぐみが叫んだ。


「助けて! いぶき! 助けて!!!」


 天野も叫ぶ。


「どうしてこんな目に! 御影はなぜ助けに来ない!」


 田牧が続く。


「なぜだ! あんなやつ助けたせいで……殺してやる!」


 3人は悲鳴を上げながら俺への恨みを口にした。


「殺してやる! いぶきを殺してやる……」


「あの男を殺せ! なぜ私がこんな目に!」


「苦しむべきなのは御影だ……」


 そんな3人の苦しむ姿を見て俺は覚悟を決めた。

 そうだ! この手しかない。



「俺を犠牲にして3人を救う」



 俺は宣言した。


「ああ……素晴らしい選択だ。崇高な選択だよ。ああ、素晴らしいよ……」


 神が拍手した。


「ああ、素晴らしい……そして俺の勝ちだ!!!」


 神が笑った。


「この選択肢を認めるって事はお前の心が折れたんだ! なあ、そういう意味だよな!」


「俺は運命を変えた!!! 俺は死なない! 俺は神のままだ!!!」


 神がガッツポーズをする。


「まあ君にも悪いようにはしないよ! なあ!」


 調子に乗っている。

 俺は神に話しかける。


「ところでだ……お前、3人は地獄にいるって言ってたな?」


「うん、ああ、それがどうした?」


「3人は男になって俺を苦しめるゲームを受けてまで俺を救おうとした」


「ああ、そうだな」


「そこまでして俺を助けようとした」


「うん、ああ、まあな」


「つまりだ……あの映像は嘘だ」


「え?」


 俺はその瞬間、一気に間合いを詰めた。

 そして神のその顔面に拳をぶち込む。

 神の頬骨が折れる感触が伝わる。

 俺は自分の手を見た。

 手の骨が折れた。

 だが関係ない。

 俺は折れた方の手で殴り続ける。


「や、やめ! げぶ!」


 さらに殴る。

 拳が使い物にならなくなったら次は肘だ。

 何度も何度も顔の形が変わっても殴り続ける。

 そのうち神は言葉すら発しなくなった。

 これが俺の作戦だ。

 要するに俺が折れなければいいのだ。

 俺はこのゲームの正しいルールを理解していた。

 神は負けるたびに人間に近づいていくのだ。

 そして俺は勝つたびに神に近づいていく。

 そして最後の勝負で俺は神に直接触れることができるようになっていた。

 つまり触れるようになったら神の心をぼっきり折ってやればいい。

 俺はさらに肘を落とした。

 すると神がぼそぼそと何かを言った。


「ゆ、ゆるしてください……」


 そうかこれが最後のチャンスのようだな。

 真相を聞くための。


「じゃあ教えてくれ。お前はなぜ俺や3人を狙った?」


「こ、ここで貴方様に殺される託宣があったのです……だから殺される前に殺そうと……でも貴方に何度挑んでも勝てないので人質を……喋ったんだから殴らないでくれよ!!!」


 ああ、普通だったらやめてやるさ。

 でもお前はやりすぎた。

 俺は神を見下ろしながら宣言する。


「お前……まだ生きて帰れると思ってやがるのか?」


「ひいいいいいッ!」


 俺は折れてない方の手で神の胸倉を掴むと頭突きをする。

 俺の額にバカみたいに開けっ放しにした神の歯が刺さるが、そんなのは関係ない。

 ゴツッ、ゴツッ、ゴツッという思い音が教会に響く。

 もちろん意識を失っても制裁は続く。

 俺は教会に落ちてたバケツに水を入れると、気を失った神にぶちまける。


「うばッ! さ、3人は助けるから……ねえお願い……」


 今度は顔面を蹴飛ばす。

 3人を助ける。

 そのためには手段など選ばない。


「うるせえ!」


 俺は神の顔を踏みにじりながら言う。


「お前の心を折る。意味はわかるな?」


「も、もう……しません……から」


 俺は神の顔に蹴りを入れる。


「3人を開放しろ」


「た、助けてくれるので……?」


「いいや、開放したら楽に殺してやる。開放しなければこのままリンチ続行だ」


「ひゃ、ひゃい……」


 神が涙を流す。

 俺はその顔にもう一度蹴りを入れた。


「い、いま、家に帰しました……」


「そうか」


「だ、だから……ゆ、許して」


「ああそうだな。お前に言うことがあった。ありゃ嘘だ。お前は苦しめて殺す」


「ひ、ひいいいいいいッ!」


 神は泣いた。

 俺はそんな神に容赦なく暴力を振るう。

 楽しかった。

 こんなに楽しいことは生まれて初めてだった。

 そうか。俺は復讐も果たしてるんだ。

 靴がボロボロになるほど蹴ると、神は動かなくなった。

 その時だった。

 神が影に戻る。

 その影は俺の手に吸い込まれていく。

 それは神の死だった。

 やはりここが始まりの地だった。

 神はここで俺に殺されることを知っていたのだ。

 俺はその場にへたり込んだ。

 俺と3人は世界を救ったのだ。

 だが世界ってのは理不尽なものだ。

 俺が思っているより何倍もな。

 その時もそうだった。

 それは突然のことだった。


「神の座は入れ替わる」


 どこからか声がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る