第31話 人は嘘をつくけれど料理は嘘をつかない

「お兄さま、起きてください」


 そういってオレの肩をゆするのは小姫。すでに制服姿だ。

 まどろむ意識から引き戻されながら、左右を確認すると、それぞれに布団がひかれている。片方は小姫で、もう片方にはグリーンが寝ていた布団。昨夜のは、夢じゃ無かったか……。やっぱり現実だったようだ。ワンチャン夢だったなら、よかったのに。


「おはようございます。グリーンさんが、朝ご飯をつくってくれましたから……」


「!? な……ん、だと……。そ、それは、まずい!!」


「えっ? どうしたんですか、急に? なにがまずいんですか?」


 いっきに眠気が吹き飛んで現実に引き戻される。ミドリムシめ、やりやがった! あれだけ止せといったのに! あいつみたいなキャラが飯をつくるなんて、バッドイベントのトリガーでしかない!


「あと、その……白起が……さっきから」


「あん? ハク? って、おまえは、なにしてんだよ……」


 オレの枕元に胡座をかいて座り込み、えらくご立腹の様子で鉢巻を巻いているハク。手に持ったあきらかに手作りのボードと、壁に貼られた横断幕には――『かみのさべつをするな!』『シロをゆるさない!』『ばんごはんをくわせろ!』と、雑な文字でおおきく書かれている……。たしか、ハクに夜中起こされたけど、あのまま起きていたらしい。


「…………」


 オレは全力で起きてキッチンにダッシュする。いまならまだ間に合うかもしれない。被害がでるまえになんとか止めないと!


「!? ちょ、シロ? 神を全スルー!? わしを無視しないで! 抗議してるんですけど! これ、けっこう準備に時間がかかったんですけど!」

 

 そんなハクの声がきこえたけど、いまはそれどころじゃない!



―――――――――――――――――――――――――――――――――



 母上が倒れていた。


「……おそかった。間に合わなかったか……。母上! 母上! しっかりしてください!」


 母上を抱きかかえるも、へんじがない。ただのしかばねのようだ。……って、不死身の母上を死に至らしめるなんて、なんという致死効果。


 向かい合っているグリーン。いまはクラシカルなメイド服を纏っているけどオレには死神衣装にしかみえない。その手には、みためフツーっぽいスープが盛られた器と、使用された形跡があるスプーンが握られている。きっと「グリーンちゃん、フェニ子にたべさせてー」とかやったのだろう。知らぬ事とはいえ、自ら死を選ぶとは……母上。不憫。


「あ、ハクト。おはよー。なんかさ、フェニ子さんにスープをあげたら、きゅうに倒れこんだんだけど……どうしたのかな?」


 のうのうとそんなことをいうグリーン。その表情には一切の良心の呵責といったものが感じられない。すでに心が壊れてしまっている連続殺人鬼を彷彿とさせる言い草だ。おそろしい子。


「おまえがやったんだろう! この人殺し!!」


「ええっ!? あたしが人殺し? 誰を?」


「母上をみろ! おまえがやったんだろう! グリーン特製激マズ『たべるなキケン』殺人スープでな!」


「はぁ? なんて言い草よ! 殺人スープってなんだ!」


 そんなやりとりをしていると「うっ……」母上の唇から息が漏れた。意識がもどったのか?


「よかった、母上。ご無事でしたか!」


 幸い命まではとられなかったようだ。でも、きっと不死身の母上だから命まではとられなかったのだろう。むしろ一度死んで復活した可能性もある。どのみち普通の人間だったら即死だったはず。ぜったいそうだ。殺人未遂だ。


「うっ……、……うまい。おいしい」


「え? 母上……!? いまなんと? おいしい?」


「うん。おいしいよー。えへへ、グリーンちゃん驚いた?」


「リアクション古っ! まぎらわしい!」


「あーハッ君、それフェニ子傷つくなー。そんな悪い子にはお仕置きだ! うりゃりゃ~」そういって、腕でオレの首をスリーパーホールドしてくる。母上はちっさいから非力だし、そうなると背中にぷにぷにが押し付けられるだけなので、立派なご褒美です。


「それにしても、本当に大丈夫ですか母上。グリーンのスープ食べたんですよね? 気持ち悪かったりしませんか?」


「ぜんぜん。グリーンちゃんのスープ。すごくおいしいよ……」


「いや、そんな馬鹿な! ありえないです!」


「ほんとうにおいしいよこれ。ハッ君もたべてみたら?」


「しかし……それは、そんなはずは」



―――――――――――――――――――――――――――――――――



「ええ。フェニ子のいうとおりです。あり合わせのものでつくったとは思えないぐらい、おいしいです」


「おかわりなのだ! もっともっとくれなのだ!」


 遅れてやってきた小姫とハクが口々にそんなことをいう。


「ハッ君も食べてみなよー」


 母上とハクは毒物抵抗スキルとかデフォでありそうだから参考にはならないけど、オレと同じ常人枠の小姫がそういうのなら信じられる。今のところ無事そうだし。遅効性の毒という可能性も、まだ捨てきれないが……。


「あーさては、ハッ君もグリーンちゃんに食べさせて欲しいんでしょ? 朝から見せつけてくれるねー。若さっていいねー。『はい、アーン』てしてあげて! グリーンちゃんおねがい! 『はい、アーン』て」


 そういって、母上がグリーンにスプーンをわたした。


「えっ? あたしがハクトに……なんか、はずかしいけど……『はい……アーン?』」


「そんなのいらんわ! グリーンも真に受けるなって! ちゃんと自分で食べますから! ええい! ままよ! 神よ! 八百万の神よ仏よシヴァよゼウスよオーディンよアヌビスよケツァルコアトルよマクイルショチトルよトラウィスカルパンテクートリよ! ご照覧あれ! 我に七難八苦与えたもう……」


「ハッ君! ゴチャゴチャいわない!」


「っうか、早く食べなさいよ!」


「お兄さま。なんで途中からアステカ神話……」


「わ、わかってますよ! たべますとも! ええ、たべますとも!」オレは勢いをつけてスープを口にはこんだ。


 ひとくち含むと――ブアッとオレの記憶が過去に運ばれる。


「この味……おもいだす。一面の麦畑。幼い日のオレはおおきな蜻蛉をみかけたんだ。たぶんギンヤンマだとおもう。幼いオレはおかあさんにその蜻蛉を捕まえてみせると豪語した。格好をつけたんだ。でも、捕まらなくて。来る日も来る日も獲りにでかけたけど不発で。幼いオレには難易度がたかかったんだろう。それでもオレはぜんりょくでおいかけた。おおきな蜻蛉を追いかけたんだ……。しかし、夏はおわり秋になりかけた。あれだけいた蜻蛉の姿はまばらになり、ついに消えた……。いつのまにか季節はうつりかわっていた。最後の日は粘りに粘ったけど、まわりは真っ暗になっていて……。こうして、幼いオレの挑戦はおわった……。つめたい風が吹きすさぶなか、失意のまま家路についたオレのまえに、おかあさんはだまって一杯のスープをだしてくれた……その時のスープの味だ。わすれもしない味…………おかあさん」


「お兄さまとフェニ子の間に、そんな素敵な想い出があったなんて……」


「……あの、ハッ君ごめん。麦畑で蜻蛉って、それどこの記憶? そのおかあさんて、フェニ子じゃないよね? そんな過去ないよね? フェニ子は知らないんだけど……」



「※イメージ想い出です」



「「「※イメージ想い出て何!!!!」」」



「……つまりは、すごくおいしいということです」


「ハッ君て……。我が子ながら、ときどき解らなくなるんだけど」


「それが、お兄さまですから……」


「難しいことはさておいて、そっかーおいしいか。それならよかった。どう? ハクト? あたし料理得意だっていったでしょ? ね?」


 ドヤるグリーン。認めたくはない。だけど……。もうひとくち口に含む。どこまでもやさしい味。一日のはじまりの朝にふさわしい、野菜の滋味あふれるスープだ。すこし焦げ目をつよくして焼いたパンを浸してもいいだろう。


「人は嘘をつく。だがしかし……料理は嘘をつかない」


「へ? ハクト……。あの? どうしたの急に……真顔で」


「オレがまちがっていたようだ。すまないグリーン。数々の無礼を許して欲しい」深々と頭を下げるオレ。


「べつに、そこまであやまらなくても……」


「勘違いしないでほしい。オレはおまえに頭をさげているんじゃない。おまえの料理に頭を下げているんだ。人は皆、料理の前では平等なんだ」


「いや……ハクト。さっきから、あたしにはよくわからない世界観なんだけど……ついていけないんですけど」


「グリーン。お前を見直したよ。心の底から見直した。やればできる子なんだな。人は誰しも長所があるとは言うが……まさかお前が料理ができる子だなんて。剣を振るうだけのアホな子だとおもっていたんだが……奇跡はあるものだな。生きてみるものだな。世の中まだまだすてたものじゃないな……グス」


「……あの、それって褒められているっていうことでいいのかな? なんかフクザツなんだけど……とりあえず、涙を拭いてくれるかな?」


「あっ、ああ……すまないなグリーン。ついうれしくってな……見直したよ」


「どこまで見損なわれてたんだろう……あたし」

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白と白【シロとハク】かえれ!震撃のグリーンブルーファンタジアへ 北乃ガラナ @Trump19460614

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