9-5 反逆者に相応しき刑罰を
「これより、国家転覆罪を謀った公安大臣エトリア及び軍部大臣ゴルバン並びに外務大臣ジールセンの三名に対し、量刑を言い渡す! がしかしだ」
言葉を切り、被告の三人を指差す。
「肝腎の刑がまだ量定しちゃいねえ。協議の結果、俺たち評議員は量刑を民意に委ねることにした。つまり、お前ら一人一人が検察官で、同時に弁護官でもあるわけだ。いいか、ここに集まったお前ら全員に問うぜ。この三名に相応しい刑罰はなんだ!?」
膨れ上がるざわめきが、嗚咽を掻き消していく。
「刑罰を、俺たちが決めるんか?」
「そういうのさっぱり判らんのだが」
「確か、現行法じゃあ終身刑だよな」
「そうなのか?」
「なら、それでいいんじゃないか」
「重犯罪だしな……」
だが、聞こえてくる声といえば、そんな他愛もない、聞くに堪えない意見ばかり。これじゃ民意に委ねた意味がない。
「現行法だと?」俺は一際声を張り上げて、「前例に従うのが民意なのか? そんな戯言を聞きたくてお前らに任せたんじゃねーぞ。もちっと頭使って考えやがれ!」
そう怒鳴りつけてから、広場の一点を指差した。さっきから片時も眼を離さず俺のほうを見ている、一人の青年がそこにいたからだ。
「おい、そこの背の高い赤毛! そう、その美味そうなリンゴ色の髪をした」
試験まで残り三週もないだろう。てっきり部屋に閉じ籠もって机に向かってると思いきや、こんな所に顔を出していやがった。お祭り気分に血が騒いで、勉強どころじゃなくなったか。
「何か言いたいことがありそうだな。俺が許す、
突然意見を乞われ、顔見知りでもあるロッコムはハッと慌てふためいたが、周囲の好奇の眼に耐えきれなくなったのか、な、何もありませんと呟き俯いてしまった。
またもや優勢になる人々のざわめき。しかし俺はそんなものは気にも留めなかった。
「おいこら待て! お前は今まで何を勉強してきたんだ。兄貴に恥をかかせる気か」
一瞬だけロクサムを見やり、俺は大声で叱咤した。
ちょっとした逡巡ののち、青年は歯を喰い縛り、その眉になんらかの決意を込めてようやく顔を持ち上げた。
「〈正義と証言の女神〉の、白銀なるハサミにかけまして、率直に申し上げます。議長」非常に丁寧な口調で、だが本当の自分を見出したような晴れやかな表情で、ロッコムは言った。「その三名に対して、わたしは、同等の刑罰を与えるべきかと存じます」
「そうか。で、その刑罰とは?」
「唄を、歌わせます」
ざわめきが不意に収まる。沈黙。
……なんだって?
……唄?
唄だと?
そんな民衆の思いが声に出て、再び広場はどよめき出した。
「先程の、彼女が歌った唄を、習得……完全に習得できるまで、三人には牢の中で歌い続けてもらいたいのです。これでは、刑罰にならないでしょうか?」
仮に点数を付けるなら、九十五点ってとこか。まあ上出来だ。俺が期待した以上の働きを、ロッコムはしてくれた。
「面白い! 今の唄を常人が、それも聴く者らの心を揺るがすほど完璧に習得するとなると、一生涯はかかるかもしれんな。これもまた終身刑の一つの形なわけだ。じゃあ、その意見に一言付け加えさせてもらおう」
どよめきを制し、俺は少し間を置いてから、
「地下の牢屋は、音が響きすぎて唄の練習にはちと不向きなんだな。よって、先の三名をこの舞台の上で歌わせることを提案する」
「ここ、で?」
「ああ、それも毎日欠かさず、仕事時間の合間を縫ってな」
「し、仕事?」
後ろで
「我々は、なんの仕事に従事するのだ? 労役か?」
「何とぼけてんだ。大臣の日常業務に決まってんだろうが」
「なっ、なんと? う、あ……や……」
ジールセンは口をぱくぱくさせたが、意味をなす音声は発せられない。
「評議会に欠員は認めねえ。一人たりともな。職務怠慢だって叛乱に等しい重罪だ。無断欠勤は絶対許さねえ。刑の執行はそれ以外の時間帯にやる」
庭園の先に手を翳し、俺は続けて、
「それからこの広場は一般に開放し、国民は常に罪人たちの歌唱練習を見物できるようにする。見せしめは刑罰に付き物だからな。早い話が公開処刑だ」
「公開……処刑」
「以上で評議会議長ライアの提案はお終いだ。さて」
俺は民衆に向き合い、両手を挙げた。
「国民に問う! 先の三名を〈唄を完全に習得させる刑〉に処するという提案に、賛同するや否や? 異のある者は速やかに立ち去れ、そして賛同する者は、この場にて賛意を示せ!」
庭園を揺るがす大歓声。
「うおーっ!!」
監視役の衛兵たちも兜を脱ぎ捨て、騒ぎ立てる民衆と同化した。
「いいぞ議長ー!」
「戦下手でも、やるときゃやってくれるんだよなあ」
「さっすが我らの議長だ!」
「負の三拍子の汚名は、これで返上だな」
「いやいや、俺は最初から信じてたぜ!」
「何言ってんのさ図々しい」
どこからともなく呼号が挙がる。それはかつての革命軍の標語を改変したものだった。
「幸あれ! 三重に偉大な海風に!」
「海風の平和に幸あれ!」
群衆の声は瞬く間に膨れ上がっていく。
「我らが首都に、首都の春風と果実に幸あれ!」
「我らが歌い手に、〈悠久と水晶の歌い手〉に幸あれ!」
言葉は変われど、掛け声の勢いは一向に衰えることなく、次から次へと重なり合ってうねりを生じ、更に大きな渦となって広場を満たした。
「三重に偉大な議長に幸あれ!」
「三倍偉大な共和制に幸あれ!」
「三重に偉大な議長に幸あれ!」
「三倍偉大な共和制に幸あれ!」
おうおう、嬉しいこと言ってくれるねえ。
湧き出る笑顔を噛み殺しつつ、俺はどこまでも冷静だった。
この声がいつまで続くかは疑わしい。熱しやすく冷めやすいのが群衆の性。ま、今のうちに栄誉を目一杯享受しておくのも悪くないか。
「裁定はここに下った」
俺は広場の大観衆に背を向け、最後に、
「これにて三重に偉大な裁判は終了、だな」
そう言い残し、アルシャたちの集まる舞台袖へ引き下がろうとした。
が、手を取り合って喜ぶ人の波を掻き分け、かの神官長が俺の腕に齧りついてきた。
な、なんだおい、気色悪い。鼻水ぐらい拭いてくれよ。
「見事じゃ見事じゃ見事であったぞライライライアよ護民卿に続きそちは国家転覆の陰謀をまたしても防いでくれたのじゃな礼を言う礼を言う礼を言うぞ!」
「は、はあ」
時折三度繰り返すのは、嬉しさの表れだろうか。口数は減らしてくれたほうが、こっちとしては一等の三倍くらいありがたいんだが。
「偉大で偉大で偉大な大賢人に対する暴言や暴言や暴言の数々は到底許せるものではないが今日のところは勘弁してやるわい今日はこの上なき良き日であるからしての!」
あんた、目線が上すぎやしないか?
仕方ない、今日のところは勘弁されておくとするか。
「めでたいめでたい実にめでたき日であるぞ至上の至上の至上神もさぞやお慶びのことじゃろうてライアイアイア今日は珈琲はやめて酒でも飲まんか酒酒」
「危ないですよ、ほら、足許」
「むっ?」
神官長のジジイの靴先に、ゴルバンが落とした幅広の剣が転がっていた。
「なんじゃこんなもの神より授かりし聖剣でもあるまいにこんなどこぞの何某が作ったかも判らぬ下らぬ刃物の如きがあの娘子の歌声に勝るわけがなかろう唄は剣よりも強いのじゃそうじゃこうしてこうしてこうしてくれるわどうじゃどうじゃどうじゃえいえいえい!」
悪態ついでに柄を蹴りつける。鋼入りの靴底ということもあってか、齢の割になかなかの脚力である。
と、それは火薬が爆発したような破裂音を放って爆風を飛ばし、幅の広い刀身を前方へと発射した。蹴ったときの衝撃で、鍛冶屋の仕掛けが作動したらしい。
「なななぬ?」
打ち出された刀身は、轟音を纏いながら凄まじい速さで空を裂き、
最高神の立像に直撃した。
そこで発生する、二度目の爆発。吹き飛んだ三叉戟の尖端が、庭園を越えて眼下の広場へ落ちていった。
「うわっ!」
「危ねえ!」
「キャアー!」
歓声の一部が悲鳴に変わる。
黒煙を巻き上げ、木っ端微塵に砕け散る木彫りの像。
崩れゆく最高神の御姿を前に、白目を剥いて失神する神官長。
だが事態はそれだけでは済まなかった。
火の粉を大量に浴びた木片が、メラメラと炎上し始めたのである。ジジイの頭から転がり出た帽子が、炎に呑み込まれて瞬時に灰燼と消えた。
「まずい、火の回りが早いぞ」
「早く水を!」
「水はどこだ?」
「駄目だ、間に合わない!」
燃え盛る立像の破片を、一同は切歯
と、そこに飛び出す二つの人影。
それは解放軍の軍旗を掲げた、ベヒオットと優男だった。
二人がかりで旗を大きく広げ、炎立つ木屑に勢いよく叩きつける。立ち上る黒煙に
その努力が実ったのか火はすぐに消え、舞台上の火災は単なるボヤで済んだ。その代償に、濃紺の壮大な軍旗は見るも無惨な黒焦げとなってしまったのだが。
消火を終えた優男は、煤けた額を同じく煤まみれの手で無駄に擦りながら、
「この軍旗はさ、いざってときに使えってずっと言ってたじゃないか。今使わないでいつ使うよ、なあ」
と、小汚い風采で最高の笑顔を見せるのだった。
二人に駆け寄り、続々と労いの声をかける解放軍の面々。
腕を振り上げ、解放軍に幸あれと唱える同志たちと肩を並べ、ドルクは呆けたように推移を見守っている。
俺はふと大賢人のことを思い出し、辺りを見回してみた。じいさんの姿はどこにもない。アルシャの唄を聴いて、大満足のうちに去ってしまったのかもしれない。ただまあ、もし残っていたとしても、ドルクの手当てまではしてくれなかっただろうな。傷を治したところで第二秘書の顔は青白いままだろうし、鼻歌すら歌いそうにない。大賢人にはなんの得もないだろう。
そんなドルクにふらふらと近づいていくチェリオーネ。秘書官同士の感動の再会だ。
と思いきや。
ドルクが脇に抱え持つ鉄仮面に眼を留め、チェリオーネは絶句した。
「…………」
「ど、どうしたんだい、チェリオーネ」
「……その仮面」
「え? これ?」
「あの覗き魔……まさか、あなただったの?」
「の、覗き魔?」
煙のすっかり立ち消えた高い天蓋に、第一秘書の絶叫が
けれども、今なお庭園の木立を揺るがさんばかりに浮かれ騒ぐ、三重に偉大な民衆の許にまで、いずれかの叫びが聞こえたかどうかは定かでなく、また知る由もない。
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