議長失格!!! ~三重に偉大な三文芝居とその顛末
空っ手
序章 三重に偉大な議長
0 会議の前の静けさ
「ギチョー!」
議長。
それが俺の第一の肩書だ。
だが面倒だ。議長というのは基本的に面倒臭い。
しかも退屈ときてやがる。退屈という文字は、この日を言い表すために作られたといっても過言ではない。あらゆる職務を放棄して逃げ出したい衝動に駆られつつ、結局どうすることもできないこの苛立ち。毎度ながらの板挟み状態。
こんなときは、真紅のディーゴと無心に戯れ現実を忘れるに限る。
「なあディーゴ」
「ギチョー! ギチョー!」
「そうか慰めてくれるか。お前だけだよ、俺の気持ちを判ってくれるのは」
「ギチョー! リアート! リアート!」
「あ? なんだ、リアートって。人の名前か?」
「ギチョー! ギチョー!」
「議長」
ディーゴの
「オウムとじゃれ合うのもその辺にしてください」
「オウムはあんまりだろ。名前で呼んでやれよ」
「ギチョー! オーム! オーム!」
「ってお前が言うな」
「よろしいですか? こちらが午後の予定です。そして、こちらが予算案の見積書になります」
一国の最高機関を取り仕切る議長というものが、いかに厄介で煩雑でうっとうしいものか。この労苦は、実際に職務に携わった者でなければ決して判るまい。
「……めんどくせえな」
「必ず眼を通しておいてください。必ずですよ」
いつもの調子に輪をかけた厳しい口調で、第一秘書チェリオーネは大抵の昆虫なら叩き潰してしまえそうな厚手の紙束をドサリと机上に置いた。眼が笑っていない。一切の差し出口を許さぬとでも言いたげな佇まい。
ついさっきまで快活に啼き声を飛ばしていた籠の中のディーゴも、そんな空気を読んでかふっつり黙り込んでしまった。この賢さ、というか日和見主義は眼前の飼い主に似てしまったのだろうな。
いやいや、俺は賢いけれど
「べっ別に俺が見る必要ないだろ。こっちから意見出すわけでもないんだし」
「そういう問題ではありません」
「予算なんてな、どれだけ膝突き合わせて長時間話し合ったって、どうせ不満の声しか挙がらないんだ国民からは。こんな報われない議題そうそうないぞ。お前だって本音は俺と同じだろ、チェリオーネ?」
「わたしの職務と関係ないことを尋ねられても、ご返答致しかねます」
にべもないというやつだ。これだから堅物はいやなんだ。
確か今日は夜のお仕事があったはず。街の様子もそろそろ見ておきたいし、竪琴の練習もしたい。
参ったな。これじゃ冗談抜きで寝る間もない。
「ちょっと、何寝てんですか議長!」
「寝てねーよ。考え事だ」
「そんな嘘、わたしには通じませんよ。今日はわたし独りしかいないんですから、あまり手間をかけさせないでもらいたいんですけど」
「非番か? 第二秘書の奴」俺はカチンときた。むろんドルクに対してだ。「あの野郎、俺が休日返上で汗水垂らして働いてるってのに、気楽なもんだ」
「何言ってんですか」秘書官は声を荒げて、「議長が仕事で汗かいてるところなんて見たことありませんよ。それに彼は連日連夜働き詰めなんです。少しは休ませてあげてください」
「本当か? お前が言うほど働いてたようには見えねえが」
チェリオーネが黒塗りの机をバシンと叩いた。勢いで資料の束が斜めにずれる。
「議長の見てない所で、ずーっと仕事してたんです。それこそ本来は議長がするような作業まで。議長の分まで汗水流して」
まずいな。この表情はちとまずい。説教の体勢に入っちまった。眼鏡の奥の
「おかげでわたしとの事務引継ぎも長引いて、いい迷惑なんですからね。議長がもっと仕事熱心な方なら、こちらの負担も減るし二人がかりで面倒を見る必要もなくなるんですよ。それがどうですか。
「オウムって言うな。ディーゴはれっきとした俺の家族だぞ」
「同じことです。よろしいですか? 少しは国の最高機関に属しているという自覚を持ってですね……」
またそれか。
自覚が足りない。自覚を持て。自覚自覚自覚。
あーうるせえ。自覚があるのと行動に移すのは別問題だろうが。
舌打ちの音でも聞かせてやりたかったが、そんなことをしたらまた事態がややこしくなるだけなので、書類に眼を通すふりをしてやりすごすことにする。我が国には〈醒めない夢はなく、やまない雨もまたなし〉という
「判りましたか?」
「はいはい了解了解」
「そんな適当な態度だから、〈負の三拍子が揃った議長〉とか言われるんですよ。〈弱い・自分勝手・卑怯者〉」
「最後違うだろ。卑怯者じゃねえ、〈いい加減〉だ。い・い・か・げ・ん」
「ご自分で訂正できるなんて、よほど自覚がおありなんですね」
「あのさ、こっちはただでさえ会議前で気が滅入ってんだ。追い討ちかけるようなこと言うなよ」
しばらく経つと諺通りに秘書の小言も収まり、重苦しい雰囲気に呑まれていたこの控えの間にも、僅かながら晴れ間が差し始めた。
見たくもない机に向き直る。
普段は手ぶらだが、今日は見積書だけでも持って行くか。さすがに財政は
「ところで、今日の議題に
「ないですけど、それは議長の一任でどうこうできるものではありませんよ」
「いや、なけりゃそれでいい」
基本的に司法関係は問題の発生したご当地の司法局が裁判を開き判決を下すのだが、例外として戦犯あるいは
これがまた細々した手続きから実際の裁決に至るまで、最大級に厄介な代物なんだ。面倒の極致。思い出すだけでもぞっとする。
「なあ、よその国だと、民間人が裁判に参加する例もあるそうじゃないか」
「陪審員制度のことですか」
チェリオーネの
「検察官や弁護官が不足しているのは認めますが、そうやってご自分の労苦を国民に負担させるのは好ましくありませんね」
「そ、その言い方はないだろ。俺は民間人にもっと裁判制度というものを真面目に考えてもらいたくてだな」
「南の盗賊国家がそれを採用でもした暁には、うちでも取り入れてみましょうか」
よりによって盗賊国家を引き合いに出すか。この大陸の南方にあり、どういう理屈でか窃盗が合法化しているという、驚くべきかつ恐るべき不可思議な国を。だが、おかげで第一秘書の考えはよく判った。
つまり、俺の発言をまるっきり本気にしてねえってことだ。盗賊国家がそんな制度を導入するなんてありえないのだから。
「お時間です、議長」
素早く扉が開き、なんとかいう名前の
「おっしゃ。いっちょ気合い入れて行くか」
肘掛けを押さえ立ち上がる。それを見た秘書の表情が何故か一変した。
「ちょ、ちょっと議長!」
「ん?」
「まさかその服で出席するつもりじゃないでしょうね?」
「まずいか?」
「井戸端会議に行くのとは訳が違うんですよ。早く着替えてきてください」
「チッ、めんどくせえ」
「寝間着で仕事に行く人がありますか!」
これ、寝間着じゃなくてただの普段着なんだけどな。まあ寝るときにも着てるからあながち間違いじゃないが。
にしてもチェリオーネの奴、気を
「おい、正装ってどこにある?」
「知りません。お召し物ぐらいご自分で捜してください」
きれいな顔して言うことは本当に容赦ない。こりゃ間違いなく遅刻だな。ま、要はいつも通りってことだ。
「メンドクセー! リアート!」
思い出したように、ディーゴが人声そっくりの啼き声をけたたましく放った。なんなんだそのリアートってのは。人名っぽいが、少なくとも俺の知り合いに心当たりはない。どこで憶えたんだ?
「メンドクセー! メンドクセー!」
もっと気の利いた台詞は言えないのかお前は。
「……飼い主そっくりですね、議長」
「ああ、よく言われるよ」
俺は鼻息も荒く立ち上がった。これ以上の遅刻は議員連中の心証を悪くする。
「その籠、俺の部屋に戻しておいてくれ。会議が終わるまでにな。後でこってり絞ってやる」
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