仇 ― Adauti ― ⑧

 最後の夜が明けた。

 昨夜は自分の犯した罪に涙したが、陽が昇れば、やはり生きたい気持ちが強くなる。

 あと、6時間だ。今日の正午になれば、俺は無罪放免むざいほうめんになれるのだ。

 とにかく、敵に見つからないように移動しよう。だが、ほとんど二日間食事を摂っていない俺の体力は限界にきていた。

 もう少しの我慢だ! あと、6時間でこのゲームから解放される。

 敵に見つかりにくいように、鬱蒼と木の茂る深い森を歩いていく。たとえ俺の居場所をGPSで把握していたとしても、ここは視界が悪く、隠れられる場所も多いから、この森を逃げ回っていたら時間が経過そうだ。

 あと、3時間か。よし!


 ――そう思って歩いていたら。

 いきなり、俺の行く手に黒い戦国武者が現れた! 

 あの野郎……、《クソ! 待ち伏せしてやがった!》木々を挟んで俺たちは対峙たいじした。その距離約15メートルか。その時、奴が手に持っている物が見えた。

 手榴弾!?

 ヤバい! 俺は慌ててきびすを返して逃げ出した。

 敵はゆっくりと安全ピンを外して、手榴弾を俺に向かって放り投げてきた。

 全力疾走で逃げる。まさか、手榴弾を持っているなんてだった!

 背後で爆音がした、爆風で物が飛んでくる、小枝や倒れた木が襲ってくる。大きな切り株の陰に身を潜めた。

 まさか、手榴弾を使うなんて……俺は恐怖でブルブル震えていた。

 今、敵は俺の遺体を探しているのだろうか? ここに居ては見つかってしまう。次の手榴弾を投げ込まれる前に逃げなければ、森の中は視界が悪い。どうせ隠れるなら、草原の方が敵の動きも分かりやすい。

 手榴弾を使うなんて……敵も時間が無くなってきて焦っているようだ。

 しかし、だが――待てよ。

 冷静に考えて手榴弾で俺を殺すのはマズイだろう。身体がバラバラになって、身元不明の死体になってしまったら、『仇討制度』に申請した家族が俺の死体だと確認できなくなる。それじゃあ、仇討が成功したかどうか分からないじゃないか。

 もしかしたら、さっきの手榴弾は脅しだったかもしれない。逃げ足の速い俺に、飛び道具をみせて動きを封じる計画なのか?

 ひとまず、森を抜けるべく俺は歩き続ける。

 陽が高くなってきた、正午は近いぞ!


 野生のあけびの木を見つけた。

 子どもの頃に田舎の祖父の家で食べたことがある。10センチほどの大きさで薄紫色の果実、口が開いているのが完熟で食べられる。

 俺はしゃにむに木によじ登って手を延ばして、三つほどもいだ。

 あけびにむしゃぶりついた、ほんのり甘くて美味しい、種を口から吐き出す。

 食べ物が胃に入ったら、少し元気が出てきた。切り株にもたれて空を見上げる、いい天気だ。なんて空が青いんだ。

 ――どうして俺は、こんな場所で逃げ回っているのだろうか? 

 子どもの頃は普通の子だった、両親にも愛されていたし、友人もいっぱいいた。将来への夢もあったし、結婚して幸せな家庭を築こうとしていた。

 それなのに……それなのに、俺は……どこで道を誤って、こんな地獄に堕ちてしまったんだ。

 青空が眩しくて、涙が頬に零れた。


 黒い戦国武者も俺を探しているんだろうなあ、奴もあんな大層たいそうな鎧甲冑を着けて歩き回るのは大変だろう。

 ふと、思った。――なぜ、奴はこんな仕事をやっているのだろう? 金のためか? 正義のためか? 

 緒方弁護士は俺たちを残して、さっさっと引き揚げてしまっている。どうして、俺を殺すためだけに、こんな大掛かりなセッティングが必要なんだろう。

 なんとも釈然としない疑問が頭をもたげてきた――。いいや、そんなことを考えるより、今は逃げ切ることが先決だ。

 Gショックは残り1時間を切っていた。

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