仇 ― Adauti ― ④

 ■ 事件ファイル №3 (道頓堀通り魔殺人事件)


 大阪道頓堀で起こった無差別殺人事件は通行中の男女七人が殺害された。その中には、母親と一歳半の幼児、身体の不自由な老人なども含まれていた。

 歩行者天国を猛スピードで突っ込んで来た乗用車が次々と通行人を轢いていった。その後、電信柱にぶつかって車は停まるが、中から日本刀を持った男が出てきて、奇声を発しながら通行人に襲いかかってきた。――逃げ遅れた数人が刀の犠牲者となった。

 出動した機動隊によって取り押えられて捕まったが、逮捕時、男は『誰かを殺せ!』と声が聴こえたと供述した。それが精神病疾患なのか、覚せい剤による幻聴なのかは判明していない。

 考えられるのは社会に対する不満や怨嗟えんさから、このような凶行に走ったと思われる。

 犯人は喜多川繁きたがわ しげるという元暴力団員である。覚せい剤中毒で、刑務所から出所してきて、わずか一週間目の犯行であった。


 この衝撃的な事件は世間を震撼しんかんさせて、連日、マスコミでも大きく取り上げられた。 

 その中には、悲しみに暮れる家族へのインタビューで、『現在の心境は?』とか『犯人に何を言いたいですか?』などと無神経な質問をするテレビ局があった。

 ――そこに同じ人間としての温かな血が通っているとは到底思えない。

 うるさいほど犯人の人権は尊重するが、被害者の家族の人権には配慮しなくてもよいのか? これではどっちが加害者か分からないではないか?


 司法はお決まりの『無期懲役』を言い渡した。

 奪った人命と世間に及ぼした衝撃に比べて、加害者の喜多川繁の罪は軽い。これには遺族の家族も世間も不服を申し立てたが、最高刑が『無期懲役』なのだから仕方ない。

 虫けらのように殺された人々に比べて、何んと凶悪犯の命は尊いのだろうか。

 こんな残虐な犯罪を起こした人間が刑務所に入ったからといって、罪を悔い改めて善人になれるものなのか? もしも、本当に犯した罪を悔い改めたのなら、罪深い自分に耐えられず自殺するはずだ。そうでもしなければ心の底から反省したとは思えない。

 凶悪犯は死ぬまで反省はしないだろう。

 むしろ、悪いことをしたという自覚がないからこそ、ここまで残虐な行為ができるのだ――彼らはサイコパスに他ならない。


 喜多川繁が裁判所から移送される途中、護送車から忽然こつぜんと消えた。

 この大失態だいしったいに警察は大騒ぎになった。警護に当たっていた警察官も厳しく調べられたが、いつ脱走されたのか、まったく分からないという。

 護送車に乗せたはずの犯人が、到着したら影も形もなかったのである。まるでイリュージョンだと皆が首をかしげた。

 だが、必死の捜査にも関わらず喜多川の足取りがまったく掴めない。焦る警察関係者たちであった。

 三日後、喜多川は変わり果てた姿で発見された。

 裁判所の門柱の上に、喜多川の生首が晒されていたのだ。

 倒れないようにベニヤ板に裏から太い釘を打ち貫いて、その釘に生首を突き立ててあった。そして、その首には『』と書いたプラカードが掛けてあり、実にむごたらしい死体だった。

 その二日後には、喜多川の胴体が淀川よどがわの河川敷で発見されたが、そこが殺害現場ではなく、死体遺棄されただけと思われる。

 発見時、首なし死体は両手足を荒縄で縛られて地面に座っていた。検死の結果、頭部を鋭利な刃物によって切断されて死亡したと思われる。居合いあいの心得のある者によって一刀いっとうで首を落とされたとみられ、首斬り役人による処刑のようであった。

 まるで警察や司法に対する挑戦のような事件――。警察は沽券こけんに賭けて、犯人逮捕のために大捜査網を敷いたが目撃者もなく、手掛かりも見つからず捜査は難航していた。

 世間では極悪人をちゃんと法で裁けないので、喜多川繁に天誅てんちゅうが下ったのだという者たちもあった。――その件に関して『道頓堀通り魔殺人事件』被害者の家族たちは、黙して語らなかった。


 事件から一ヶ月、摂津峡せっつきゅうの渓谷に停まっていたワゴン車の中で男女三人が練炭火鉢による集団自殺を図っていた。

 いずれも、『道頓堀通り魔殺人事件』の被害者の近親者たちであった。三人が連名で書いた、日本法曹界へ宛てた遺書は、


〔これは仇討あだうちである。(中略)無残にも罪のない家族を殺された私たちは法で裁けないなら、非合法な方法であっても憎い犯人に死をもって罪の報いさせたいと思った。(中略)目には目を、歯には歯を、死には死を。これは日本の武士道の教え仇討なのである。しかし、人命を奪い、世間を騒がせた私たちも自らの命をもって、この罪を償う所存しょぞんである。〕


 日本法曹界にほんほうそうかいへの抗議を込めた遺書が残されてあった。

 そうして、通り魔殺人の犯人喜多川繁の殺害に関与したと思われる者たちは、事件の全貌を語らぬままで、死によって闇に葬ってしまったのだ。

 しかし、あれだけ大胆な犯行を、素人だけで組織できたとは到底考えられない。

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