仇 ― Adauti ― ③
■ 事件ファイル №2 (大和ストーカー殺人事件)
「あの女を殺したことなんか、ちっとも後悔してない!」
取調室で刑事に「被害者に対する反省の気持ちはないのか?」と問われた、殺人犯の
インターネットの若者向けのゲームサイトで知り合った、
美奈子に対して一方的な恋愛感情を抱いていた黒田啓一は、SNSのブログや写真などを詳細に調べ上げて美奈子の個人を特定した。神奈川県大和市に住む美奈子のマンションと黒田の自宅は20キロくらいの距離で近かった。
美奈子に会いたいと黒田は思っていたが、自分の容姿に激しくコンプレックスを抱いていたのでできなかった。黒田は身長が低く、猫背で肥っており、顔も
高校を卒業してから、ずっと無職だった黒田は時間を持て余していたので、美奈子の住むマンション周辺をうろつくようになった。
その頃から、帰り道を何者かにつけられたり、いきなり携帯カメラで写真を撮られたりして、美奈子は気味が悪かった。マンションのメールボックスを探ったり、親族を装って、管理人に美奈子の部屋を開けさせようとさえした。
黒田の行動は、段々ストーカー行為へと発展していく。
ひとり暮らしの美奈子は身の危険を感じて、婚約者の
黒田啓一は、藤川美奈子のマンションに男が泊りにくるようになって激怒した。
妄想で美奈子を自分の恋人だと勝手に思い込み、自分を裏切ったと激しく憎むようになった。
そして、陰湿な嫌がらせが始まった。
パソコンのメールボックスに
婚約者が泊りにくると、彼の車にキズをつけたり、汚物を塗ったりした。
ある日、美奈子は夜道でバッグをひったくられた。その中には、携帯や財布、それから部屋の鍵が入っていた。近くの交番へ被害届を出した際に、何者かにストーカーされていると相談したが、ストーカー犯が誰か分からないために事件として扱われなかった。
翌日に近所の公園のゴミ箱からバッグは発見され、財布や携帯は入っていたが、鍵だけが見つからなかった。
心配になった美奈子は管理人に鍵を付け替える相談していた。
それから、二日後のことである。
美奈子が出勤した後で、黒田啓一は鍵を開けて部屋に侵入してきた。バッグをひったくり鍵を盗んだのは彼だった。美奈子の部屋に入り込んだ黒田は、彼女が帰るまでクローゼットに隠れて待っていた。
七時半過ぎ、仕事を終えて帰宅した美奈子がシャワーを浴びていたら、突然、浴室に見知らぬ男が入ってきて美奈子に激しい暴行を加えた。壁や床に何度も頭を打ちつけられて気を失った。
浴室の中で約八時間、殺されるまでの間、美奈子対し執拗、冷酷、残虐極まりない暴行、凌辱の限りを尽くした上に、浴槽に沈められて溺死させた。
しかも、美奈子の乳房を切除して持ち帰るという猟奇殺人だった。
美奈子の遺体は、婚約者の吉岡哲也によって発見された。
急に美奈子と連絡が付かなくなったので心配した吉岡が、渡されていたマンションの合い鍵を使って室内に入った。
出しっぱなしのシャワーの音に、ドア越しに呼びかけたが返事がなく、開けると、血の海と化した浴槽内に美奈子の遺体が浮かんでいた。
あまりに
検死結果、死因は溺死。
全身に数十箇所の打撲痕、頭蓋骨にひび、目窟底骨折、鼻骨骨折、右腕骨折、右膝脱臼、他、肩や腕などに噛み傷があった。女性性器には異物が挿入、強姦された形跡がある。
死ぬまでに――どれほどの苦痛を与えられたのかは想像を絶する。
黒田逮捕までに、さほど時間がかからなかった。
最近、マンション内に不審な男が出入りしていたのを管理人はじめ、住人たちも目撃していた。このマンションはオートロックだが、ここの住人の後ろにくっついて行けば容易に侵入できる。何人かの住人がヘンな男(容姿に特徴がある)がついてきて、一緒にマンション内に入ってこられて不快に思っていた。
管理人は一度、黒田に「姉の部屋に忘れ物したのでカギを開けてくれ」と頼まれて、断った経緯があったので黒田のことはよく覚えていた。
美奈子が殺害の日、マンションに黒田が侵入していたことはエレベーター内の監視カメラや通路のカメラなどで確認された。
そのような証拠を元に、警察が自宅に踏み込み黒田啓一を逮捕した。
切除された美奈子の乳房はビニール袋に入れられ、自分の部屋の冷蔵庫に隠していた。
黒田の家庭は小さな印刷会社を営む両親と兄弟がいる。両親は日中は仕事でおらず、大学生の弟と高校生の妹は、風変わりな兄を気持ち悪がって口も利かない。
家族は啓一の存在を無視して、その行動も気にしていなかったので、今回の犯罪は誰も気がつかなかった。
警察での取り調べ中に、
「あの女はビッチだ! だから俺が罰を与えた!」
などと時々、意味不明なことを黒田は叫ぶ。
精神鑑定の結果はパラノイア傾向ではあるが、犯罪の計画性からも十分に責任能力があると判定された。
そして裁判では強姦殺人、死体損壊などの罪で『無期懲役』が黒田啓一に言い渡された。どんな凶悪な犯罪でも、上限は『無期懲役』なのだから仕方ない。
その判決を聴いた、被害者の婚約者である吉岡哲也は
刑が確定した黒田はいよいよ刑務所に移送されることになった。
留置所で過ごす最後の夜、肥っている黒田は留置所の食事ではいつも足りず、空腹を訴えていた。独房に居る黒田に、こっそり弁当を差し入れした者がいる。
翌朝、血を吐いて倒れている黒田を刑務官が発見した。
食べ散らかされた弁当の中から致死量の青酸カリが検出された。いったい誰がこの弁当を独房に差し入れたか謎のままであった。
前代未聞の留置所内の毒殺事件は、物的証拠が何も見つからず、迷宮入りしそうな様相だった。
事件から数日後、吉岡哲也が自宅の部屋で首つり自殺を図っていた。
警察に宛てた遺書には、
〔犯人を法で裁けない! 美奈子の無念をはらすために黒田を殺しました。だけど、これは犯罪ではない。美奈子を守ってやれなかった悔しさから、黒田に
と書かれてあった。
死亡した本人が殺人を告白しているが、いったいどのような方法で留置所にいる黒田に毒入り弁当を食べさせたのか、その
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