仇 ― Adauti ― ⑤

 これら一連の仇討あだうちと称する、加害者殺害事件には謎の組織が関与していた。

 アンチ『死刑廃止』論者による組織、『Adautiあだうち』が、水面下で活動していたのだ。会員数約1000人、そのメンバーは政治家、実業家、弁護士、医者、学者、警察官関係者、マスコミ関連、一般市民などである。

 その中には多くの犯罪被害者の家族や近親者たちがいた。

 非合法の仇討支援の会『Adauti』は、犯罪被害者の家族や近親者の要望で活動している。成功報酬のみ謝礼として現金を受け取る。――だが、仇討を頼んだ者には永久の秘守義務ひしゅぎむが課せられる。

「あなたは犯人に仇討できたら死んでもよいか?」という問いかけに「はい」と答えられた依頼者のみとなる。

 いっさい口外ができぬように、死を持って封印するためであった。


 なぜ『仇討制度あだうちせいど』などという、古い日本の武士道のシキタリが復活したのであろうか。


 それには、これら一連の事件による世論の流れがあったから――。

 日本法曹界の生温なまぬるい刑罰に対する不満からである。犯した罪に見合う償いを加害者がしていないと世間はそう思っているのだ。

 犯罪被害者の仇を討つ、仇討支援の会『Adauti』は、死んだ依頼者たちが残した資産や財産によって、大きな組織力を持ち始めた。

 有力な政治家たちに賄賂を渡して、『仇討制度』なる法令を国会に通した。司法の了解を得れぬまま、この闇の制度は『Adauti』の会員たちによって実行されているのだ。

 裁判所は極悪人に『無期懲役』を言い渡した後は、仇討されても我関せずの姿勢を通していた。

 そして、被害者の家族の訴えと加害者が『仇討制度』のステージに立つことを承認したら、このゲームは成立するのだ。


                  *


「絶対に逃げ切ってやるんだ! もう一度、俺は娑婆しゃばへ戻りたい!」

 Gショックは残り15分を切っていた。72時間逃げ延びたら新しい戸籍と整形で別の人間になれる。一生外国で暮らす資金もくれるという条件だった。

 そう、が俺に約束してくれたんだ。


 あの夜、留置所の独房に俺は居た。

 深夜に人の足音と鍵を開ける音で目が覚めた。闖入者ちんにゅうは三人、スーツを着た三十代の男と、警察関係と思われる屈強な男と、白衣の中年女だった。

 突然の訪問者に驚いた俺に、スーツの男が、

「放火殺人で無期懲役が確定している者だね」

 ひどく冷静な声でたずねてくる。その後、俺の名前を言い返答を求めた。そして弁護士の緒方彬おがた あきらだと自己紹介をした。

「君に被害者の家族から『仇討制度あだうちせいど』要請の書類が申請されて、『Adauti』支援の会で受諾された」

「仇討?」

「そう。君に家族を殺された人たちがたかきを討って欲しいと署名を集めたんだ」

「……だったら、俺を死刑にすればいいだろう」

「死刑制度は廃止された。だが、被害者の家族は君に仇討をする権利ができたのだ」

 死刑制度が廃止になったがため、加害者を厳罰に処すことができなくなり、被害者の家族や世論の不満の声が大きくなった。そこで新しく導入された『仇討制度』では、1万人以上の署名と仇討資金(約五千万円)が揃えば、死刑の代わりに選任の仇討人が加害者と闘ってかたきを取ってくれるというものである。

 だが、加害者が三日間逃げ切ったら、すべての罪を帳消ちょうけしにして、自由と身の安全を保証してくれるルールになっている。――と、緒方彬と名のる弁護士の説明を、黙って俺は聴いていた。


「本当に罪が帳消しになるんだな?」

「ああ、君が逃げ切ったら別の人物になって、海外で暮らす資金が与えられる」

「実際に逃げ切った奴はいるのか?」

「いる。……だが、それが誰かは口外できない」

 ――俺は考えた。

 これから一生刑務所で暮らすぐらいだったら、一か八かで脱出ゲームに参加してもいいかもしれない。もう一度、社会に戻って一旗揚げたいという野心を俺は未だ捨てきれないのだ。

 このまま刑務所で朽ち果てるくらいなら……わずかなチャンスでも喰らいついてやろう。

「どうする? 君次第だ。嫌なら刑務所で一生暮らすだけのことだ」

 緒方弁護士の冷ややかな言い方が、俺の癪に障った。

「やる。やってやる!」

「そうか。だったらこの書類に著名と拇印を押してくれ」

 そう言うと、『仇討制度取り決め書』と書かれた書類を手渡した。俺は時間を掛けて細部まで読み取ってからサインをした。

「これで契約が成立した。今から君は『仇討制度』実行の準備に入る」

 言った途端、いきなり屈強な男が背後から俺を羽交はがめにした。

「うわっ! なにをする?」

 叫んだら、ガムテープを口に貼られた。白衣を着た中年女が俺の腕に注射針を刺した。

 すると俺はたちまち意識を失ってしまった――。

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