仇 ― Adauti ― ⑥

 次に気が付いたら、どこか森のような所にいた。

 どのくらい意識を失っていたのか分からないが、またあの三人が俺を囲うように立っていた。緒方弁護士がこっちを見て、

「やあ、気が付いたかい?」

「ああ……ここはどこだ」

樹海じゅかいの中だ」

「樹海?」

「そう。この緑のコロシアムと呼ばれる樹海の中で、君は仇討人あだうちにんと闘うのだ」

「……そうか」

 俺の左手首には大型の時計が嵌められていた。タイムウォッチみたいに時間がカウントダウンしていっている。

「この時計はなんだ?」

「Gショックだ。72時間逃げ回ってゲームオーバーになれば、君は自由になれる」

「これには、何か仕掛けがあるんじゃないのか?」

 俺は時計を外そうとしたが、まるで手錠のように頑丈で外すことができない。

「無理に外そうとすると爆発するよ。これは君の位置を見張るためのものだ」

 このGショックにはGPSが搭載されているのか? 俺が逃げ出さないように――。

「こんなもん着けられて……俺は不利じゃないか!」

 その抗議の声に、緒方弁護士はフンと鼻を鳴らした。

「今まさに、仇討人もこの樹海のどこかに潜んでいる。この時点から君の命は狙われているのだ」

「ゲームがスタートしてるのか?」

「そうだ。君のGショックはカウントダウンを始めた、もう後戻りはできない」

「……分かった」

 もう覚悟を決めるしかない。

「ここに君の必要な物が入っている。では、健闘を祈るよ」

 それだけ言うと三人は、俺たちを運んできたと思われるヘリコプターに乗って上空に舞い上がって行った。

 俺はそのヘリコプターの騒音を聴きながら、まだ意識を取り戻したばかりのぼんやりした頭で、これから何をなすべきか考えていた。

 袋の中には水と食糧、そしてサバイバルナイフが入っていた。――俺に与えられた武器はこれだけか。敵の装備はどうなんだろう? もし銃だったら俺には勝ち目がない。

 鬱蒼うっそうとした森の中で見通しが悪いし、俺と戦う相手のデータ―は皆無だし、これでは作戦の立てようもない。

 この緑のコロシアムに立って、俺は少し後悔し始めていた。


 その時、パキッと小枝が折れる音がした。

 振り向くと戦国武者のような鎧甲冑を着けた人物が見えた。《こいつが俺の敵、仇討人か!?》真っ黒な鎧甲冑で顔は見えない。手に一振りの日本刀を持っている。

 敵は俺を探しているようだから、見つかる前に俺は匍匐前進しながら逃げた。


 墨を流したような漆黒の闇だ。

 天上に月と星が輝いているが、それ以外の光は何もない。

 敵に見つかるので火を起こすこともできない。手元も見えない真っ暗闇の中で俺は食糧を漁る。軍用レーションか、まるで戦争だな。

 いや、これは俺に取って生き延びるための戦争なんだ。

 黒い甲冑を見てから、10時間は経っている。さすがに、この暗闇では敵も行動できまい。今夜はここで眠るとしよう。

 俺は木の株にもたれてウトウトし始めた――。

 ふいに気配で目が覚めた。

 俺の目の前に黒い戦国武者が立っている。闇の中で目が赤く光っていた。

 どうやら赤外線ビームで暗闇でも敵には俺が見えるようだ――空気を切り裂く音がした。俺に向かって日本刀が振り下ろされる。

「うわっ!」

 転がるように飛び退いて、俺は暗闇の樹海を無茶苦茶に走り続けた。何度も木にぶつかり転んだが、それでも必死で逃げた。

 黒い甲冑は……たぶん甲冑が重くて早く走れないようだ。

 いきなり俺の身体が宙を浮いた?

「あっ!」と叫んだ、瞬間、奈落ならくの底へと落ちていった――。


 ――気が付いたら、俺は沢のような所に倒れていた。

 どうやら、逃げてる途中で崖から沢に滑り落ちたようだ。何とか敵の追跡は逃れたが……身体中が痛いし、切り傷だらけだ。あっちこっち痛いが骨折はしてないようだから、立って歩けた。

 あれ、ナイフは? 俺の唯一の武器サバイバルナイフはどこだ? 

 たしかに、持って逃げたはずなのに……数メートル離れた場所にナイフが落ちていた。良かった、これでもないと、あんな甲冑野郎とはとても闘えない。

 こんな目につく場所に居てはいけないと、俺はとぼとぼと歩き始めた。

 食糧は昨夜の場所に置いてきてしまった。これから二日間生き延びなければいけないというのに……いったいどこへ逃げればいいんだ。

 サバイバルナイフを握りしめて、重い絶望感に打ちひしがれた。

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