仇 ― Adauti ― ⑨

 森を抜けて、草原を歩く。

 心地よい風が吹いてくる。こんな命を賭けたゲームをやっているなんて嘘みたいだ。

《絶対に逃げ切ってやるぞ! もう一度、俺は娑婆しゃばへ戻りたい!》

 心の中で強く願う。

 Gショックは残り15分を切っていた。72時間逃げ延びたら新しい戸籍と整形手術で別の人間になれる。一生外国で暮らす資金もくれるという条件だった。

 俺と緒方弁護士は書面で契約を取り交わしたんだから――。


 ガサガサと草が揺れている、追跡者の気配に俺は慌てて窪地くぼちに身を潜めた――。


 距離を空けると手榴弾を投げ込まれる可能性がある。近づくと日本刀で斬られる。こうなったら奇襲戦きしゅうせんしかないか? 一か八かで敵の動きを封じる方法を考えていた。


 鎌倉時代、甲冑かっちゅうの重量がたしか25~30キロはあったと聴いたことがある。日本刀も10キロ前後あるとか、中の奴は相当重いだろうに……。

 俺には身軽な身体と脚がある。あと、12分……か。

 黒い戦国武者の足音が近づいてきた、かぶとと被っているお面のせいで奴の視界はかなり悪そうだし、意外と足元は見えていないかも知れないぞ。

 一歩、二歩、三歩……黒い戦国武者が近づいてくる――。

 GPSでは俺の居場所がここだと指示しているのに見つからないので、奴は焦っているのはずだ。この窪地は草で覆われて外からは発見されにくいだろう。

 ガサッ、奴の足が見えた!


「うりゃ―――!」


 サバイバルナイフを奴の足に突き刺したら、大きな音を立てて仰向けに倒れた。すぐに日本刀を持った手をナイフで斬りつけた。

 あまりの至近距離に奴は成す術もなく、重い甲冑のせいで起き上がれない。

 俺は奴の上に馬乗りになって、兜をずらすと喉にサバイバルナイフを突き立てた。絶叫の後、しばらくピクンピクンと全身を痙攣けいれんさせていたが、やがて黒い戦国武者は動かなくなり、息絶えたようだ。

 やったー! ざまぁみろ! 俺の完全勝利だ――!!


 ピッ、ピッ、ピッ、ピィ―――! 

 Gショックが点滅してアラームが鳴りだした。

『ゲームセット!』

 Gショックから緒方弁護士の声が聴こえてきた。

「おいっ! 俺の勝利だ。奴は殺した」

『おめでとう! 今、そっちへ向かうよ』

 そういう声と同時に空中を旋回しているヘリコブターが見えた。騒音を立てながら空から降りてくる。そこから、また例の三人が出てきた。

 緒方弁護士は俺の足元に横たわる、黒い戦国武者を見て、

「ほぉ、ったんですか?」

「こいつは手榴弾を持っていたんだ。殺らなければ、こっちが殺される。仇討なら返り討ちっていうのがあるだろう」

「それじゃあ、今度は君に仇討人あだうちにんをバトンタッチして貰いましょうか」

「はぁ? 何のことだ。俺の罪は帳消しにして自由になれる約束だろう?」

「君は極悪人のくせに、僕の言うことを信用したんですか?」

 その言葉に唖然あぜんとなった。

「……何だって? ちゃんと契約書を取り交わしただろうが……」

「まあ、君が生きている人間なら、その契約は有効ですが――もう戸籍を抹消されて、君は死んだ人間になっているんです」

「ど、どういうことだ!?」

 緒方弁護士の言葉に俺は耳を疑った。《俺が死んでる? そんなバカなっ!》これは奴らの罠だったのか。

「君を仮死状態にして、被害者の家族たちに死体だといつわって見せ、『仇討制度』で成敗せいばいされたと言った。死んだことになっている君を『Adautiあだうち』施設内の火葬場で焼却して、遺骨まで見せたら納得して仇討の報酬を払ってくれた。もちろん焼かれた死体は別の人物のものだ。だから、もう君はこの世に存在していないんだ」

 フフンと鼻を鳴らして笑った。

「今の俺は幽霊ってことか……?」

「そう。だから、こんな契約書は何の意味もない! ただの

 そう言うと緒方弁護士は、俺の目の前で契約書を破り捨てた。

 チクショー!《俺は緒方に騙された!》怒りで頭に血がのぼった。黒い戦国武者の日本刀を拾うと、俺は緒方弁護士に向かって斬り掛かっていった。

「ぶっ殺してやる―――!」

 日本刀を振り上げた瞬間、俺の身体に強烈な電気が流れた。

「うぎゃあっ!」

「そのGショックはいろいろ使い道があるんだ。孫悟空の頭についてる金箍児きんこじのように、君が暴れたら電気を流すよ。今のは一番弱い電流だ。そいつが腕に巻かれている限り、君は逃げられないし、我々の命令にも逆らえないんだ!」

 あはははっ、緒方弁護士の笑い声が森に木霊こだまする。後ろで屈強な男がピストルの銃口を俺に向けていた。

「ちくしょう! ヒドイ奴らだ!」

「ヒドイ奴ら……だって。人殺しのの君がそんなセリフを言えるのか?」

 いきなり、緒方弁護士は怒りに燃える眼で俺を睨みつけた。

「僕も、後ろにいる二人も大事な家族を君のようなに殺されたんだ。僕は中学生の時、強盗犯に両親と妹を殺された。丁度、修学旅行で家にいなかったので僕だけ助かった。元警部だった関本せきもとさんは出所してきた犯人に逆恨みで奥さんと二人の子どもを殺された。医師の澤田さわださんはひとり娘をレイプ犯に惨殺された――」

 ひと息、呼吸を入れて、再び喋りだす。

「我々は、お前たちが心底憎い! こんな奴らを死刑にしない司法には幻滅した。だから、『Adautiあだうち』という組織を作ったんだ。政界や警察、法曹界ほうそうかいにも『仇討制度』の賛同者が多くいるのだ」

 勝ち誇った顔で緒方弁護士がいう。

「……で、俺はどうなるんだ?」

「君は新しい仇討人あだうちにんとなって組織で働いて貰う。さあ、黒い戦国武士の兜を取ってみたまえ!」

 死体の兜と面を取ってみたら男の顔が現れた。見た瞬間、俺は驚愕きょうがくした。

「こ、こいつは!?」

「有名な道頓堀通り魔殺人事件の犯人の喜多川繁きたがわ しげるだよ。テレビで顔は知っているだろう?」

 当時は、テレビで連日『道頓堀通り魔殺人事件』が報道されていた。犯人の喜多川繁の顔は画面で何度も見たことがある。

「こいつは殺されたんじゃなかったのか? 生首が晒されたとニュースで流れていたぞ」

「喜多川繁は死んではいない。すべて、世間をあざむくトリックだよ。死体は替え玉さ。警察内部に組織の仲間が多く入り込んでいる」

 仇討支援の会『Adauti』とは、何んと得体のしれない、怖ろしい組織なんだ。

「この男は愚かだ。手榴弾を君に投げつけたんだって? あの手榴弾は我々の唯一の優しさだったのに……自殺用にひとつ与えておいた」

 緒方弁護士は死んだ男の方を見て冷笑していた。


「さあ、準備はいいかい? 今度は君が仇討人あだうちにんとなってを狩る番だよ」


 その言葉を耳に残したまま、Gショックから流れた電気で俺は気を失った――。

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