仇 ― Adauti ― ⑨
森を抜けて、草原を歩く。
心地よい風が吹いてくる。こんな命を賭けたゲームをやっているなんて嘘みたいだ。
《絶対に逃げ切ってやるぞ! もう一度、俺は
心の中で強く願う。
Gショックは残り15分を切っていた。72時間逃げ延びたら新しい戸籍と整形手術で別の人間になれる。一生外国で暮らす資金もくれるという条件だった。
俺と緒方弁護士は書面で契約を取り交わしたんだから――。
ガサガサと草が揺れている、追跡者の気配に俺は慌てて
距離を空けると手榴弾を投げ込まれる可能性がある。近づくと日本刀で斬られる。こうなったら
鎌倉時代、
俺には身軽な身体と脚がある。あと、12分……か。
黒い戦国武者の足音が近づいてきた、
一歩、二歩、三歩……黒い戦国武者が近づいてくる――。
GPSでは俺の居場所がここだと指示しているのに見つからないので、奴は焦っているのはずだ。この窪地は草で覆われて外からは発見されにくいだろう。
ガサッ、奴の足が見えた!
「うりゃ―――!」
サバイバルナイフを奴の足に突き刺したら、大きな音を立てて仰向けに倒れた。すぐに日本刀を持った手をナイフで斬りつけた。
あまりの至近距離に奴は成す術もなく、重い甲冑のせいで起き上がれない。
俺は奴の上に馬乗りになって、兜をずらすと喉にサバイバルナイフを突き立てた。絶叫の後、しばらくピクンピクンと全身を
やったー! ざまぁみろ! 俺の完全勝利だ――!!
ピッ、ピッ、ピッ、ピィ―――!
Gショックが点滅してアラームが鳴りだした。
『ゲームセット!』
Gショックから緒方弁護士の声が聴こえてきた。
「おいっ! 俺の勝利だ。奴は殺した」
『おめでとう! 今、そっちへ向かうよ』
そういう声と同時に空中を旋回しているヘリコブターが見えた。騒音を立てながら空から降りてくる。そこから、また例の三人が出てきた。
緒方弁護士は俺の足元に横たわる、黒い戦国武者を見て、
「ほぉ、
「こいつは手榴弾を持っていたんだ。殺らなければ、こっちが殺される。仇討なら返り討ちっていうのがあるだろう」
「それじゃあ、今度は君に
「はぁ? 何のことだ。俺の罪は帳消しにして自由になれる約束だろう?」
「君は極悪人のくせに、僕の言うことを信用したんですか?」
その言葉に
「……何だって? ちゃんと契約書を取り交わしただろうが……」
「まあ、君が生きている人間なら、その契約は有効ですが――もう戸籍を抹消されて、君は死んだ人間になっているんです」
「ど、どういうことだ!?」
緒方弁護士の言葉に俺は耳を疑った。《俺が死んでる? そんなバカなっ!》これは奴らの罠だったのか。
「君を仮死状態にして、被害者の家族たちに死体だと
フフンと鼻を鳴らして笑った。
「今の俺は幽霊ってことか……?」
「そう。だから、こんな契約書は何の意味もない! ただの紙切れ」
そう言うと緒方弁護士は、俺の目の前で契約書を破り捨てた。
チクショー!《俺は緒方に騙された!》怒りで頭に血がのぼった。黒い戦国武者の日本刀を拾うと、俺は緒方弁護士に向かって斬り掛かっていった。
「ぶっ殺してやる―――!」
日本刀を振り上げた瞬間、俺の身体に強烈な電気が流れた。
「うぎゃあっ!」
「そのGショックはいろいろ使い道があるんだ。孫悟空の頭についてる
あはははっ、緒方弁護士の笑い声が森に
「ちくしょう! ヒドイ奴らだ!」
「ヒドイ奴ら……だって。人殺しの凶悪犯の君がそんなセリフを言えるのか?」
いきなり、緒方弁護士は怒りに燃える眼で俺を睨みつけた。
「僕も、後ろにいる二人も大事な家族を君のような凶悪犯に殺されたんだ。僕は中学生の時、強盗犯に両親と妹を殺された。丁度、修学旅行で家にいなかったので僕だけ助かった。元警部だった
ひと息、呼吸を入れて、再び喋りだす。
「我々は、お前たち凶悪犯が心底憎い! こんな奴らを死刑にしない司法には幻滅した。だから、『
勝ち誇った顔で緒方弁護士がいう。
「……で、俺はどうなるんだ?」
「君は新しい
死体の兜と面を取ってみたら男の顔が現れた。見た瞬間、俺は
「こ、こいつは!?」
「有名な道頓堀通り魔殺人事件の犯人の
当時は、テレビで連日『道頓堀通り魔殺人事件』が報道されていた。犯人の喜多川繁の顔は画面で何度も見たことがある。
「こいつは殺されたんじゃなかったのか? 生首が晒されたとニュースで流れていたぞ」
「喜多川繁は死んではいない。すべて、世間を
仇討支援の会『Adauti』とは、何んと得体のしれない、怖ろしい組織なんだ。
「この男は愚かだ。手榴弾を君に投げつけたんだって? あの手榴弾は我々の唯一の優しさだったのに……自殺用にひとつ与えておいた」
緒方弁護士は死んだ男の方を見て冷笑していた。
「さあ、準備はいいかい? 今度は君が
その言葉を耳に残したまま、Gショックから流れた電気で俺は気を失った――。
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