仇 ― Adauti ―

泡沫恋歌

仇 ― Adauti ― ①

「もう少し……もう少し……逃げ切れる」

 腕に巻いたGショックの時計は残り30分を切っていた。

 逃げ切ったらゲームセット! 俺は自由になれるんだ。

 三日間、敵の追跡をかわして深い森の中を必死で逃げ回っていた。

 この場所に連れて来られた時に、手渡された物は72時間からカウントダウンしていくGショックと三日分の食糧とサバイバルナイフだけ、ここは樹海の中『緑のコロシアム』だった。


 たぶん、このGショックにはGPSが搭載されていて、それを確認しながら探し回っているみたい、だから敵には俺の居場所がすぐにバレてしまう。

 これを腕から外したいが手錠のように頑丈で外せない、無理やり外そうとするとGショックが爆発すると、あの人物から聞かされていた。


 ガサガサと草が揺れている、追跡者の気配に俺は慌てて窪地くぼちに身をひそめた――。


 大学を卒業してから、俺は起業家として会社を立ち上げた。

 IT関連の会社でコンピューターのスキルは高い方だった。仕事のパートナーのアイツは俺より三歳上でIT企業に勤めていたが、会社を辞めて一緒に会社を立ち上げるのを手伝ってくれた。アイツは営業に強く、いろんな会社を回って次々と仕事を取って来てくれていた。

 最初から上々の業績で若い起業家だった俺たちは自信を持っていた。

 そして俺は結婚して家庭を持った。――ここまでは順風満帆だった。

 この先も上手くやっていけると高をくくっていた。だが、落とし穴はあった! 慢心した俺たちは事業を拡大し過ぎて大損をしたのだ。

 借金と仕事のことでアイツと喧嘩することが多くなった。会社の営業方針にもあれこれ口を挟んできて、このままだとコンビ解消かと思いはじめていたら、遂には会社の金と妻を持ち逃げされた。

 いつの間にか俺の妻とアイツはデキていたんだ。

 会社の借金の名義は全部俺になっている。結局、自己破産して会社も財産も家庭もすべて失ってしまった。


 俺はアイツと妻を必死で捜した。

 こんなヒドイ目に合ったのはアイツらのせいだ! なにもかも失った俺には怖れるものはない、この二人は絶対に許せない復讐してやると誓った。

 二人の住むアパートを、ついに見つけだし襲撃した。

 まず、用意していた包丁で妻の胸を突き刺し、逃げようとするアイツを背後から刺すと、馬乗りになってめった刺しにした。証拠隠滅のために、部屋にあった灯油をまいてアパートにも火を付けた。

 結果、無関係なアパートの住人が巻き添えになり四人焼け死んだ。


 火元の部屋から逃げ去るところを、アパートの住人に顔を見られていて、モンタージュ写真で、すぐに俺が犯人だとバレてしまった。

 警察に逮捕され、裁判では『無期懲役』を言い渡された。六人もの人を殺しておいて、無期懲役までしかならない。

 それが俺のような凶悪犯を裁くための最高刑なのだから……。


                    *


 20XX年、日本国では死刑制度が廃止された。


 どんな凶悪犯も無期懲役以上の刑に処されることはなくなった。

 結果、死刑制度の廃止によって犯罪抑止力がなくなった。世間では凶悪事件が増加し続けた。一人殺しても、二人殺しても、三人殺したって罪は同じ、だったら犯罪がバレないように、より多くの目撃者や憎いと思う人物の親族や友人まで、殺戮をおこなうようになったのだ。

 極めて残酷で非道な犯罪が横行していった。

 死刑廃止によって、日本の社会はどう変化していくのか?

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