繰り返し
「こんなことをして大丈夫なんですか?」
「ん?」
その疑問を今まで聞いたことがなかった。
男性は決められた時をしっかり生き抜いた人。こんな場所にいていいはずがない。
「さあな」
はぐらかすように言って、彼はウィンクをする。うまく出来なくて両目を細めただけのウィンク。
あまりにも可笑しくて、それ以上のことを聞けなくなってしまった。
「ここってなんなんですか? マスター」
代わりにマスターに違う質問をぶつける。
「自殺者はここを出発して罰を受け、またここに戻る。繰り返し、何度もな」
マスターは一度だけ目を伏せる。
「ここに来ると思い出すのさ。生前の記憶をな。普通は一杯の珈琲を飲んだら思い出す」
マスターが男性を睨む。どうやらやってはいけないことをしてしまったようだ。いや、多分させてしまった。
そういえば今日はいつもより饒舌だったように思う。
「お嬢さんにとっては数分に感じるだろう。確か駅からここに来ているんだったな」
「はい」
「一年だ」
「一年?」
「毎年、お嬢さんは喫茶店に現れる。そういう繰り返しをしているんだ」
駅から喫茶店への距離は、私にとって数分。でも彼らには一年。それでも待っていてくれる。
男性はいつも、笑顔で相席をしてくれる。
「私を愛してくれて、ありがとう」
ずっと言えなかった言葉。伝えなければならなかったことをやっと言えた。
男性は少し驚いた表情をしてから、首を横に振る。
「これからもずっと好きだ。待ってるから。また教えてやるから……だから、しっかりな」
男性はいつも優しい。私はいつも涙が止まらなくなる。
「お嬢さん、いつかは終わる。信じることだ」
「……はい。ありがとうございます」
私はマスターがいれてくれたカフェオレに口を付ける。
甘い。とても甘くて、美味しくて、心が温かくなる。
「自殺なんて、するんじゃなかった」
呟いた直後、私は駅のホームにいた。
各駅停車の電車は行ったばかり。しばらくは特急電車の通過が続く。
もうすぐ。
ホームに駅員さんの声が響き、特急電車が見えてきた。
「怖い……っ」
何度も、何度も、何度も。
自殺をしたその日から、私の魂は繰り返し電車に飛び込む。
何回も同じように特急電車に轢かれ、同じ痛みを感じ、気づけばあの店にいる。
「ごめんなさい」
記憶をなくした私に男性が教えてくれる。何度も、私のことを教えてくれるのだ。
名前を知ることも許されないけれど、男性は私を待っていてくれる。それだけが救いだ。
自ら命を絶つことは罪深い。両親や友人たちみんなを悲しませた。勝手に、自分の都合で命を捨てた。
だから私は罰を受けるのだ。
何度も同じように自殺をして、どんなことをしたのかを魂に刻み込むために。
「また雨が降る」
私はいつも雨を感じる。その日が晴れていても曇っていても、雨。
胸に残る暗い感情が雲を作り出し、頭から流れ出るそれが、雨と勘違いしてしまうから。
買ったばかりの新しい靴は、いつまでもそのまま。
確か、気分を変えたくて買ったつもりだったけれど、意味がなかったんだな。
いつも男性の前で身だしなみを気にするけれど、本当は意味がない。だって、彼には赤く染まった私が見えているのだから。
自分の意思ではない何かが足を動かす。驚くほど簡単に白線を越える。
迫り来る電車を見ながら、私はホームから落ちた。
「すごい雨……」
突然の雨だ――――。
END
繰り返しの雨宿り 和瀬きの @kino-kinoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます