相席
「席、空いたけどどうする?」
男性が話しかけてくる。私は少し悩んでから、首を横に振った。
「せっかくなんで、相席させてください」
「嬉しいこと言うね」
こうして見知らぬ男性と相席することになる。
私は初めての経験で緊張するが、それがまた程よい緊張で嬉しくなる。
男性は見た所、四十代。
先程から競馬の雑誌を横目に珈琲を飲んでいる。無精髭にたれ目と、どことなく仕事をしているようには見えない。
とにかく何かを注文しようと、私はテーブルの横にあるメニューを開く。
定番の珈琲から、ちょっとした軽食まで揃えている。卵焼きサンドというものが気になりつつも、まだ夕飯まで時間はあるし食事はやめておくことにした。
ドリンクメニューに目を通す。様々な種類の珈琲があるが、今は飲みたい気分ではない。
「メニュー決まった?」
男性がメニュー表の向こうから話しかけてきた。
「はい、トマトジュースを――」
私は慌てて返事をする。すると男性は少し目を見開いてから、平静を装うようにカウンターに目を向けた。
「マスター。トマトジュース一つね」
私が言うより先に、男性が注文する。
「ありがとうございます」
「いいよ」
BGMは店の雰囲気を壊さないように僅かに聴こえる程度。ジャズのような曲調ではあるけれど、私にはよくわからない。
「トマトジュース。お待たせ」
その時、マスターがトマトジュースを目の前に置いた。レモンがトッピングされたトマトジュースだ。
「ありがとうございます」
私は一口飲んでから、いつの間にか出た溜息に少し驚く。
「せっかくなんだし、話を聞いてくれないか?」
男性は珈琲を飲みながら、読んでいた雑誌を閉じる。それから、なぜか嬉しそうに顔を覗きこんでくる。
普段なら、変な人。気味が悪い。相手にしたくないと、マイナスなことばかりを表に出していた。
でも、その男性のことは特に気にはならない。むしろ、話を聞きたいと思っていた。
不思議と惹かれる。
「おい、出すぎたことは話さない方がいいぞ!」
私たちの会話が聞こえたのか、マスターが男性に注意する。しかし、男性は茶目っ気たっぷりなウィンクを返す。
私にはマスターが注意をした意味はまるでわからない。
「大丈夫。心配症だな、マスターは」
「後先考えないから言ってやってるんだ」
「へいへい」
わかったのか、わかっていないのか、よくわからない返事をしてから私にもウィンクする。
どうやら常連客というのは本当らしい。お互いの言葉に遠慮が全くない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます