忙しい喫茶店


「聞いてくれる?」

「はい、ぜひ!」


 男性は何かを思い出すように窓の外を見る。


 しかし、気温差のせいか曇った窓ガラスに景色はうつらない。それでも男性は、そこに何かを見ているようだ。


 あと二、三日もすれば七月。暑い日も少しずつ増えてきた。


 この間まで咲いていた紫陽花も気がつけば姿を消していて、代わりに夏らしい生き生きとした草木が顔を出し始めている頃。


 待ってみるが男性はなかなか喋らない。急に居心地が悪くなって、私は店内を見渡す。


 先程まで空いていた席がいつの間にか埋まっている。不思議に思いながらマスターを見れば忙しそうにカウンター内を歩き回っていた。


「ここって人気のお店なんですか?」

「そうでもないさ。ただ、必要な人が増えただけ」

「必要な人が?」

「マスターは休む暇がねえって嘆いてるけどな」


 淋しそうに言う男性。相手をしてもらえないからこうして喫茶店通いをしているのかな、なんて想像をする。


「トマトジュース美味しい?」


 唐突に問うものだから、私は口をストローに付けようとして止まる。


「ええ、とても」


 常連客に本当のことを言えばマスターにも伝わるだろう。だから私はその場限りの言葉を落とす。


 トマトジュースを一口飲む。確か、ずっとトマトジュースは嫌いだった。

 それがなぜ飲みたくなったのか、私は不思議に思うも、あまりの爽やかさにつまらない事を気にするのはやめた。


「それはよかった」


 まるで自分のことのように喜ぶ男性に、罪悪感が芽生える。私は誤魔化すようにまたトマトジュースを口に入れた。


「言いにくいことなら、大丈夫ですよ」

「ん?」

「話、なかなか言わないから」


 急かすようなことをしてしまって、私は途端に恥ずかしくなった。その様子が面白かったのか、男性がくすりと笑う。


「違う、違う。ただ、な」

「なんですか?」

「君と長く話していたくて……ただの我が儘だ。気にしないでくれ」


 男性は頭を掻く。どうやら照れ隠しみたいだ。


「恋の話。興味ある?」

「はい、ぜひ聞かせてください」


 私はこうやって恋の話を聞いたことがなかった。だから、少し楽しみだ。

 特に男性とは縁がないというか、こうして相席するなんて奇跡がなかったら永遠に話すことはなかったのではないかと思うほどに関わりがない。


 私は……。


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