第2話 生まれ変わった彼女

 ふと窓の先を見れば、無数のビルが目に入る。

 俺が生きていた時代にはなかった建造物だが、さすがにもう慣れてしまった。

 ここは日本の首都、東京。

 本当なら地元の方が良かったんだが、上司曰く、こちらの方が効率的、とのことらしい。異世界への転生に需要があるとかなんとか。

 ……故郷の大草原を見れないのは、ちょっと寂しいものがある。

 俺の生まれ故郷は、地中海の国ギリシャだ。といっても紀元前の時代だから、現代との接点なんて無いも同然だけれど。


「しっかし、蘇る、とはな……」


 信じられないとはこのことだった。

 俺はある人物に殺害されて死亡している。それから長い間、冥界にて家族と一緒にのんびり暮らしてきた。

 そんな、ある時。


「現世に蘇ってみないか?」


 と、現在の上司が話を持ちかけてきた。で、応じた。

 その理由は単純に、俺の未練を晴らすため。ある女性を幸せにしてやれなかった後悔を、どうにか晴らしたいと思っていた。

 どうも、彼女がどこかの異世界に転生している可能性があるとか。

 俺はそれを探している。今のところ成果は上がっていないが、少しでも希望があるうちは仕事を続けるつもりだ。


「しっかし、転生ねえ……」


「そうだ。若者の流行らしいぞ?」


 独り言のつもりが、返ってくる返答。

 ギョッとして振り向けば、運営局の制服である、白いスーツで身を固めた女性がいた。


「こ、これはアテナ様……」


「礼はいい。私は貴公のことを好んでいないからな」


 ふんっ、と鼻息荒く顔を逸らすのは、俺にとっての上官である女神様。

 完全に現代人の、キャリアウーマンの格好だが、神としての威圧感は少しも損なっていない。目付きはいつも以上に鋭く、もうそれだけで人が殺せそうなレベル。

 整った顔立ちなのも、迫力を増させる原因だった。

 ……細部まで観察したい気持ちはあるが、そんなことをすれば冗談無しに殺される。アテナは処女性を司る女神であり、女好きな男どもに対して当たりがキツイのだ。


「仕事は終わったのか?」


「え、ええ、終わりましたよ。あとは首尾よく進むと思います」


「ふむ、ご苦労。ではさっそく、私の部屋で世界遺産の勉強でもしようか。パルテノン神殿のアレコレをきちっと覚えれば、貴公も私の偉大さが分かるだろう」


「い、いや、結構です……」


「なにぃ!?」


 信じられん、とばかりに驚くアテナ。そりゃあ何時間も座りっぱなしでご教授されるんだから、俺としてはたまったもんじゃない。大体、前に一回やったろ女神さんよ。


「ぐぬう、私を誰だと思ってるんだ? ギリシャ神話が誇る十二神が一柱、光眼のアテナであるぞ。ここは有り難がって話を聞くものだろう?」


「いやでも、俺はこれから主神へ報告に……」


「そんなことはあとでいい。――というか、私は貴公に用件がある。顔を貸せ」


「は……?」


 何だろうか、珍しい。

 踵を返した女神を、俺はしぶしぶ追い掛けることにした。主神への報告を怠ると後が怖いんだが、ここはアテナの気遣いを信じるとしよう。主神の娘なんだし、後で事情については説明してくれるはずだ。

 俺が案内されたのは、アテナの執務室だった。

 彼女愛用の机には、何やら資料が散らばっている。中には写真も数点。すべて異世界の光景を撮影したものだろう。


「これを見ろ」


「? この写真が何か?」


「貴公の求めていた人物が映っている」


「!?」


 絶句し、俺は受け取った写真へと視線を落とす。

 どこかの広間を映したんだろうか。中世を彷彿とさせる質素な格好の人々が、写真の中には沢山いる。みな一様に、同じ方向を向いてもいた。

 彼らの視線が向かう先には、数名の男女がいる。

 一目で権力者と分かる、煌びやかな格好の者たちだった。

 特に目立っているのは女性だろう。高そうなドレスを着た彼女たちは、王と思わしき男性の後ろに何十人といる。どうも、色々と旺盛な王のようだ。

 しかし反面、子供と思わしき人物はたったの二人。十代後半と思わしき男女が一人ずつ。


「アンドロマケ……」


 そのうち少女の方を見ながら、俺は自然と呟いていた。

 それは生前に死別した、最愛の妻。俺のことを見向きもせず、過去に囚われた優しい女。


「彼女はどうも、この異世界に転生していたようだ。そして生前と同じように、次期王女として噂されているらしい」


「……」


「ネオプトレモスよ、会いたくはないか? もう一度手に入れたくはないか? 今度こそ、自分の女にしたくはないか?」

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