第3話 異世界へ

「……ズルい聞き方ですね。拒めないって知ってるでしょう?」


「無論だ」


 そもそも、俺が異世界運営なんて仕事を引き受けた理由でもある。

 もう一度会って、今度こそ幸せにしてやりたい――それだけを考えて、神の力で現世に舞い戻った。


「しかし、なかなか欲深い男だな。彼女、貴公にすれば敵将の妻なんだろう? どうしてそんな女が欲しくなった?」


「え? いやまあ――どうしてでしょうね?」


「理由も分からんのか……」


「だって、好きになったもんは好きになったわけですし? あーだこーだ理由を求めたって、つまんないだけでしょうよ」


「ふむ、そういうものか。私は恋愛なんぞよく知らんが」


「アテナ様、処女神ですもねえ。詳しかった詳しかったで、大問題じゃないですか?」


「当然だな」


 頷くアテナを見てから、俺はもう一度写真を見つめた。

 遠い、昔の記憶が蘇る。

 俺とアンドロマケが敵同士だった頃。俺の父が、彼女の元夫を殺した戦争が。


「とにかく、貴公にはこの写真を取った世界に飛んでもらいたい。異常事態も起こっていてな」


「な、なんですか? それ」


「私の口で説明するよりも、実際に見てもらった方が手っ取り早いぞ。――必要なものは既に揃っているから、とっとと転移装置で向かってくれ」


「了解です」


 唐突すぎる感じは否めないが、彼女と再会できるのだ。

 迷ってなんていられない。英雄たるもの、心の赴くままに行動しなければ。


「では飛んでもらうぞ。部屋の中心に移動してくれ」


「ウス」


 指示された場所には、何やら魔方陣のような光が浮かび上がっている。

 陣は四方の壁にも浮び始めた。稲妻を走らせ、元気よく回転し始めている。


「装備や服装は、到着し次第送る。……くれぐれも、我々の正体は伏せておくように」


「もちろんですよ」


「よし、転送だ」


 はい、と返事をした直後。

 俺の視界は、綺麗さっぱり寸断された。



―――――――



 森。

 次に視界が開けた時には、視界に一面の森が入っていた。

 現在地がどこなのか、この異世界がどんな文明を持っているのか――参考になりそうな光景は一つもない。まあ俺達の方針を踏まえれば、合理的な転移先ではあるのだが。


『目撃者は?』


 さっそく、頭の中に声が響く。

 俺は辺りの様子をざっと確認してから、問題ないことをアテナに伝えた。いやあ、ホント助かる。目撃者なんて大抵は無力な一般人だし、始末するのは気分が悪い。


『よし、まずはそのまま……貴公から見て左手の方角だな。そちらに進めば、街道に出る。そこを右に行けば、王都へと辿り着く筈だ』


「了解しました――って、あれ?」


 今更ながら、自分の格好が変わっていることに気がついた。

 旅行者というか、冒険者を思わせるような茶色いローブ。中は戦闘を踏まえてか、軽装の鎧を装備した状態だった。


『どうだ? 気に入ったか? 昨日やったRPGの主人公を模してみたぞ』


「最後だけ聞くとすっげぇ不安になるんですがね……ところで武器は?」


『――あ、忘れてたな』


「早く転送してくださいよ」


 まあ素手だって戦えるが、愛用の得物があるとないとでは大きく違う。

 アテナは面倒くさそうに応じた後、転送の準備に入り始めた。俺はその間、やはり周囲の様子をチェックする。これからする武器の転送だって、見られちゃマズイのは同じだ。


「――あ、アテナ様、ちょっと急いで」


『ぬ?』


 突然、木々が揺れた。

 いや、それだけじゃない。巨大な足音で、地面が大きく揺れている。大軍隊が近付いてきてるんじゃないかってぐらいの、大音量だ。

 危機を察したのは俺だけじゃないらしく、鳥たちが空へと逃げていく。


『む、これは――』


 アテナも異常事態に気付いたらしい。武器の転送そっちのけで、俺の周辺を調べているようだ。

 でも優先順位逆じゃありませんかね? 早くしてくれないと、これから来る何かと戦うことも出来ないんですが。

 音はゆっくりと、しかし大股で俺の方を目指してくる。


「……」


 木の向こうに、ようやくその姿が見えた。

 ――うん、ちょっと待ってほしい。ていうか早くしてほしい。

 だって、俺の目前にいるのは、


「ど、ドラゴン?」


 高さは十メートル超。生前も死後も、戦ったことがない生き物。

 ギリシャ神話では魔王の血を継ぐ、最強生物の一角でしたとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る